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​ヘカテの思意

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第1章 厩戸の巻 壱


アヴァロキテシュヴァラ Avalokiteśvara は本来男性名詞であった 玄奘によれば観察された自在者である spyan ras gzigs dbang phyug
普門示現として三十三の応現身がある 阿弥陀如来をはじめ梵天や帝釈天 毘沙門天などもそうである
まずは奈良の大安寺に飛んでオン・バザラダラマ・ベイサジャ・ラジャヤ・ソワカを唱えてみよう 楊柳観音

 

七世紀初め
豊聡耳こと厩戸は祇園精舎にならって大和国熊凝にひとつの精舎を建立した これが熊凝精舎であり 後に移建されて大安寺となる

 

 

彼には 「厩の前で生まれた」「母・間人皇女は西方の救世観音菩薩が皇女の口から胎内に入り厩戸を身籠もった」(受胎告知)などの太子出生伝説があるが
出生した574年は甲午でありキリストになぞらえるよりは中国もしくは釈迦出生の逸話に似ている

 

 

厩戸は天台宗開祖の天台智顗の師の南嶽慧思(515年 - 577年)の生まれ変わりであると言われる
慧 とはつまり智慧の慧
嵆は自分が厩戸の生まれ変わりであると思っていた

 

厩戸の巻 二 兼知未然

過去に未来記が実在した証拠は無い

 

 

推古天皇六年(598年※干支は戊午)四月のこと

 

「調使麻呂はおるか」


「ははっ 厩戸さま」

 

「此度 諸国から献上された良馬の中に駿馬がある その四脚の白い甲斐の黒駒がそうだ これを『驪駒・騶』と名付け 神馬として愛でよ」

 

「御意に」


同年9月 太子が試乗すると騶は天高く飛び上がり 垂纓の冠と黄褐色の袍 白色の袴を付けた太子と調使麿を連れて東国へ赴き 富士山を越えて信濃国まで至ると 3日を経て都へ帰還したとゆう
この説話は釈迦が出家されたとき 愛馬カンタカに乗り 従者チャンダカを連れて 一夜にして雪山に登った伝説に倣ったものとゆわれている

 

南嶽慧思の思想は「便自通徹不由他悟」
慧眼(けいがん)とは
慧は智慧の慧であり物事の本質を見抜く力である
仏教用語では「えげん」と呼ばれる 「空」を見通す智慧である 五眼のひとつで他は 肉眼 天眼 法眼 仏眼とゆう
英語でゆうなら keen eyed, insight

 

 

四足が白い馬は踏雪馬と呼称される
推古天皇十八年の条には、嘗て驪駒が太子を載せて小墾田の宮に出かけた途中で、太子を驚かせたことがあったために、自分の過ちを悔やんで飲食しなかった。太子の許しの令を貰ってからはじめて食べるようになった。二十九年の条には、太子が亡くなった日に、驪駒がまた飲食を断じて、太子が生前に使った鞍を載せて太子の墓の前に殉死した。群臣がこの驪駒を中宮寺の南の墓に埋葬した。注には、一説を挙げて、驪駒が太子より先に死に、太子が驪駒の死を悲しんで、驪駒を中宮寺の南の墓に埋葬させたという。皇極天皇三年の条には、太子が嘗て、驪駒を自分の意に適った存在であることを嘆いたことが書かれている。

 

 

馬という動物は鶴や龍と比べると 古代の社会においては異なる役を演じていた 後漢書馬援伝に「馬者、兵甲之本、国之大用馬は、兵甲の本にして、国の大用なり」といっているように 馬は古代の戦において非常に重要な存在であった 故にここに出てくる馬も神仙の乗り物として簡単に片づけるわけにはいかない 馬は戦力の象徴であり国力の象徴でもある

 

 

史記 巻百二十六 滑稽列伝第六十六﹂に「相馬失之痩、相士失之貧。馬を相みるに之れを痩に失し、士を相るに之れを貧に失す」というように 良馬を見抜くには外面に騙されない眼力が必要である 太子が数百匹の馬から甲斐の国より献じられた黒駒のみを神馬と断言したことは 太子が良馬を見抜く能力の持ち主であることを端的に示している
これが慧眼である

 

嵆に それがあったかとゆうと

 

太 一 況 天 馬 下
霑 赤 汗 沫 流 赭
志 俶 儻 精 権 奇
籋 浮 雲 晻 上 馳
体 容 與 迣 萬 里
今 安 匹 龍 為 友


 武帝

 

厩戸の巻 三 本地垂迹

本地とは、本来の境地やあり方のことで、垂迹とは、迹(あと)を垂れるという意味で、神仏が現れることを言う。究極の本地は、宇宙の真理そのものである法身であるとし、これを本地法身という。また権現の権とは「権大納言」などと同じく「臨時の」「仮の」という意味で、仏が神の形を取って仮に現れたことを示す。
本地という思想は、仏教が各地で布教されるに際し、その土地本来の様々な土着的な宗教を包摂する傾向があることに起因する。たとえば、仏教の天部の神々のほとんどはインドのヒンドゥー教を由来とする。この思想は、後に、後期大乗仏教で、本地仏大日如来の化身が、不動明王など加持身であるという概念を生んだ。
これに対し、垂迹という思想は、中国の『荘子』天運における迹(教化の迹)や、所以迹(教化を成立させている道=どう)に由来し、西晋の郭象は『荘子注』で、これを聖王(内聖外王)の説明において展開させ、“迹”を王者としての統治・主導とし、“所以迹”を本質的な聖人として引用した。

 

 

銚子麻呂は もとは百済の宰相の息子 淡水(迹見赤檮)と異父兄弟
日羅の付き人として渡来し 訳あって秦氏の紹介で蘇我氏の舎人となりその後厩戸皇子のもとに仕える
淡水も厩戸に出会い あなたは弥勒仙花か と驚いた

今の歴史の教科書では聖徳太子とは教えない
厩戸皇子である

 

本名については同時代史料には残っておらず、和銅5年(712年)成立の『古事記』では「上宮之厩戸豊聡耳命(かみつみやのうまやとのとよとみみのみこ)」とされている。また養老4年(720年)成立の『日本書紀』推古天皇紀では「厩戸豊聡耳皇子命(うまやとのとよとみみのみこのみこ)」とされているほか、用明天皇紀では「豊耳聡聖徳」や「豊聡耳法大王」という表記も見られる。「聖徳太子」の語は『懐風藻』の序に見えるのが初出であり「厩戸王」という名は歴史学者の小倉豊文が1963年の論文で「生前の名であると思うが論証は省略する」として仮の名としてこの名称を用いたが、以降も論証することはなく、田村圓澄が1964年発刊の中公新書『聖徳太子―斑鳩宮の争い』で注釈なしに本名として扱ったことで広まった『元興寺伽藍縁起并流記資財帳』が引く「元興寺露盤銘」には「有麻移刀」、「元興寺縁起」には「馬屋門、馬屋戸」と記載されており、前之園亮一は読みが「ウマヤト」であったことは事実であろうとしている。

 

なぜ聖徳太子と教えなくなったのか

業績として 冠位十二階や憲法十七条など数々のものは史実だが これらが一人でなし得たものではないのではとゆうこと
厩戸の死後に壬申の乱など皇位継承争いが頻発し天皇の権威が失墜することを恐れた天武天皇が厩戸皇子を神格化するために作られた名前が聖徳太子でないかとゆうこと
つまり厩戸皇子は実在だが聖徳太子は実在なのか

でわ 遣隋使は誰の発案か
法隆寺は誰が建立したのか

 

 

嵆が厩戸だったとすると
慧眼は単なる偶然の語呂であり 山岸涼子のように厩戸皇子のゲイ説を持ちだして 嵆=ゲイとしなければならなくなる もちろん厩戸には妻も子もいる

 

 

これは全くの不勉強とゆうことだったのだが 歴史の授業で蘇我毛人(蝦夷)を習った覚えがないのだ
むしこ(645)ろされた蘇我親子とゆう暗記法での親子は 馬子と入鹿だとずっと思っていたからだ
おまけに大化の改新での中大兄皇子も聖徳太子とごっちゃにしていた記憶がある
恥ずかしいことに日出処の天使を読んで やっと蝦夷て誰と思った次第である
そして歴史に名高い入鹿がどのようにして生まれたかも
一方で 中臣鎌足は藤原であり 藤一族は橘一族との確執があるものの ぼくは藤一族なのだ

 

となれば

 

ぢつわ天智天皇の御烙印ではないかとゆわれる 鎌足の息子の藤原不比等が
当時編纂された古事記の作者稗田阿礼(ペンネーム)であるとか
滅ぼされた聖徳太子に祟られないよう法隆寺を建てて祀ったとか
かぐや姫に求婚した五人のうちの一人が車持皇子のモデルだとか

 

これらをどう考えるのか

 

 

厩戸の巻 四 未戸郎

今までの小ネタの展開パタンでいくとやね
嵆がタイムラインを遡って聖徳太子の謎を
となるのではないかと思うでしょ
例えば同一人物だったとかですね
ところが今回はちょっと違うのだ


 

厩戸がゆう未戸郎とは 古代朝鮮伝説の弥勒や観音のようなもの
淡水は花郎である
花郎は新羅で10世紀まで続いた軍事的訓練や文化的教育機関としての青年組織制度またはそのリーダーを指す

 

 

確かに 嵆はタイムラインを遡って厩戸皇子を探すのである
ところがそこに現れたのは
全く違う花郎だった

 

 

嵆が次元キューブを使って飛んだ先は
2011年のタクラマカン砂漠だった
突然の異邦人の出現に戸惑う現地の民たちに嵆は問う

 

「吾はアスガルドのK 大いなる目的を担ってここに来た」


「ちょっと待て いまの自分のセリフは一体何のことだ」

 

と嵆は自分自身の方が面食らった

 

 

そのとき
近くの空間が歪み 赤いドア状のパネルと化して そこから数人の花郎が現れた マンダロリアンのような甲冑を纏っている
さらに別の空間からも赤いパネルが出現 今度はリーダーらしき花郎が現れ 嵆に向かってこう言った

 

「Appears to be a standard sequence violation..Blanch is growing at a stable rate and slope..Variant is identified..」


「なんだって?」

 

「我々は時間変異取締局である 神聖時間軸への抵抗罪で貴様を逮捕する」

 

 

「待ってくれ 此処はどこだ そしておまえは誰だ」

 

「We are 戊馬赤檮.. Resistance is futile」


たちまち嵆は捕縛される そのリーダーは続けてこう告げた

 

「Reset the timeline..」

 

以下次回
以下次
以下

厩戸の巻 五 阿修羅琴

法隆寺の玉虫厨子は厩戸が見出した司馬氏のトリの作である そこに遺存される日本最古の帝釈天は
『施身聞偈図』である 同寺には梵天・帝釈天の塑像も安置されている
またその図にはジャータカが描かれていた


 

アシュラの娘 シャチー(サンスクリット語: Śacī)舎脂は帝釈天つまり宿敵インドラに嫁がせるつもりであったのに 待ちきれない帝釈天に先に拐かされてしまった 憤怒 凌辱された後の舎脂は戦の最中であっても逆に帝釈天を愛してしまったことに阿修羅はさらに怒り 争いは天界全部をも巻き込み 阿修羅は復讐に燃える悪鬼となってしまう

 

 

イエス 梵天王 転輪王 帝釈天インドラ
VS
ユダ シッタータ プラトン そしてアシュラ
とゆう時空を超えた戦の歪みは ラスボスであるマルチバースの「あり続ける者」との戦いにおいて二人の変異体の干渉を受けた


ロキとシルヴィ

 

彼らはもともと一つのものであった

 


羅睺 婆稚 佉羅騫駄 毘摩質多羅 の阿修羅王四体ももとはひとつであり 霊鷲山の上で帰依したとゆわれる
法隆寺の阿修羅像は仏教へ帰依したのちに釈尊の涅槃の時に駆け付けたときの姿の像である

この道に 寄る外はなき 霊鷲山 長閑けく照らす 拈華の微笑

 

シャクティ(サンスクリット語: शक्ति, Śakti)とは、ヒンドゥー教またはインド哲学における宇宙の根理。元来は「性的能力」を意味する女性名詞であるが種々の哲学的概念を意味する語としても用いられた

 

その「性的能力(性力)」が地母神信仰と習合して、シヴァ神の礼拝においては彼の神妃を表わし、この神妃を通して表わされるシヴァ神の威力を象徴するとされる シャクティの礼拝は種々の面を持つ。シャクティは愛情の濃やかな献身的な妻の化身であり、シヴァ神妃のパールヴァティーもサティーもこのようなシャクティに他ならない[2]。また、シャクティの恐怖面を表わしたドゥルガーやカーリーも女性原理としてのシャクティで礼拝され、いずれもシヴァ神の妃とされた

タントラ教においては、シャクティは3つの色(白、赤、黒)に分かれており、ブラフマーの白色シャクティがサラスヴァティー、ヴィシュヌの赤色シャクティがラクシュミーと、シヴァの黒色シャクティがパールヴァティーを生んでいる


2019年 亥の年 亥の月 海底に沈むアワーグラスで電話が鳴った
その電話に出られる人はそこには居なかった 海の底だからである

 

 

ヘカテの思意 第2章 エルの物語前後 予告

門の前に二人は立っていた

 

Lの前後とはKとMである

 

但し次章のキャストはロキとSルヴィ
そしてワンダ(マキシモフまたはドゥナーエフ)


「この門を蹴破るなと言う気?


「これがあの門だとすればね!

 

 この先にあるものは何なのか

 

 

例えば
『神曲』に登場するベアトリーチェに関しては、実在した女性ベアトリーチェをモデルにしたという実在論と、「永遠の淑女」「久遠の女性」としてキリスト教神学を象徴させたとする象徴論が対立している。実在のモデルを取る説では、フィレンツェの名門フォルコ・ポルティナーリの娘として生れ、のちに銀行家シモーネ・デ・バルティの妻となったベアトリーチェ(ビーチェ)を核として、ダンテがその詩の中で「永遠の淑女」として象徴化していったと見る。非実在の立場を取る神学の象徴説では、ダンテとベアトリーチェが出会ったのは、ともに9歳の時で、そして再会したのは9年の時を経て、2人が18歳になった時であるというように、三位一体を象徴する聖なる数「3」の倍数が何度も現われていることから、ベアトリーチェもまた神学の象徴であり、ダンテは見神の体験を寓意的に「永遠の淑女」として象徴化したという説を取る。

 

 

『神曲』に対する『人曲』 ボッカチョのデカメロン三日目の話は ながいあいだ熱望していたもの あるいは失っていたものがやっと手に入ったという物語である
ボッカチョはダンテに心酔していて 彼のベアトリーチェとは 聖ロレンツォ教会で出会ったマリア・ダクィーノだった

 

 

33 24 3 6
全て3の倍数である
そして次の3とは?

竹取物語にも3とゆう数字が頻出する
身長が三寸
三ヶ月で成長
成人のお披露目が三日間
なんとか三郎とは もともと魔の者のような意味合いもあるが 風の又三郎や古畑任三郎など超常的な人物もある
三枚目とゆうとお笑い系

 

宵のまに ほのかに人を 三日月の 飽かで入りにし 影ぞ恋しき
 

以下次回

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第2章へのイントロ

本章の舞台は まず北欧である

 

サプリメンタル・北欧神話の神々一覧
 

水曜日は北欧神話の主神オーディンの日です。 [Odinオーディーン]が[Wodenウヲーデン又はWendenウエンデン]に変化して、 チュートン語で何々のを意味する[es・ズ]が付いたものです。Odinは怒りを意味します。
 

北欧神話の神
★【オーディン】
北欧神話の最高神。グングニルと言う標的を決して外さない魔法の槍を携えている。乗騎はスレイプニル、諜報係としてフギンとムニンと言う名の2羽のカラスを従えている。
★【トール】
雷と農耕の神で北欧神話最強の戦神。外見は燃えるような目と赤髪を持つ、赤髭の大男。
【フレイ】
豊穣の神。神々の中で最も美しい眉目秀麗な豊穣の神として崇拝された。
【ヘイムダル】
神の国アスガルドへの入り口を見張る神。ミッドガルズからアスガルズに渡る虹の橋ビフロストを守る。
【テュール】
軍神であり、剣の神。勇敢な神とされる。
【バルドル】
光の神。神々の中で最も賢明であり、光り輝くほどに美しく、そして優しい神であるという。
【ヘズ】
盲目の神。バルドルの弟で、オーディンの息子。
★【ロキ】
悪知恵に長けた悪戯好きの神。魔術や変身術を得意とし、女性や動物にも変化できる。
【ウル】
弓術と決闘を司る神。
【ヴァーリ】
司法神。弓の使い手。
【ヴィーザル】
オーディンの息子で、母グリーズから与えられた鉄のように硬い靴を持つ神。
【クヴァシル】
酒の神。知識の神ともされ、その豊富な知識を人間達に広めて回ったとされている。
【ニヨルド】
海の神とされ、漁業や魚の取り引きにおける守護者であった。また、通商や漁業、夏、豊穣といった多種多様な権能を司る。
【フォルセティ】
司法神。正義、平和、真実を司る。
【ブラギ】
詩人の神。知恵と流暢な会話と言語の技巧とを知られている。
【ヘーニル】
アース神族の神で、名前は「射手」や「番人」を意味する。
【ヘルモーズ
オーディンの息子。その名は「勇気・戦い」を意味する。
【マーニ】
月の神。月の運行と満ち欠けを司る存在。
【マグニ】
力を司る神。
北欧神話の巨人
【スィアチ】
「山の巨人」(ベルグリシ)と呼ばれる種族。鷲に変身できる羽衣を使ってアース神族を苦しめた逸話が残っている。
【スルト】
火の国ムスッペルヘイムの門番をしている巨人。手に火の剣を持っている。この世の終わりがくると、火の国の民と一緒に神々を打ち倒し、世界を燃やし尽くすとされる。
【ムスペッル】
火の国ムスペッルヘイムに棲む巨人族。この巨人達は人間の世界とはあまり交渉がなく、神話にはほとんど登場しない。
【ユミール】
原初の巨人。神々や人間が誕生する以前のこと。霜と氷の国ニヴルヘイムの氷が溶けて、底無しの谷の中に流れ落ち、鍾乳洞ができるように再び凝固して巨人となった。その後、誕生した神々によって打ち倒され、その身体から人間が暮らすための大地や山や川や海などを創ったという。
【ヨトゥン】
凶悪な巨人族。原初の巨人ユミールの子孫で、誕生直後から繁栄し、一時は大地を埋め尽くすほどだったが、神々に殺されたユミールの血の大洪水によって、ほとんどのものは死んでしまった。
【ミーミル】
知恵の泉を守っていた巨人。知恵の泉は世界樹ユグドラシルの根元にあり、巨人の名前からミーミルの泉といわれた。泉の水を飲んでいたので巨人自身とても知恵があった。
【フルングニル】
霜の巨人族ヨトゥンのひとり。ヨトゥンの中で最強の存在で、角が3本生えた石の心臓を持ち頭も石でできていた。
【トロル】
スカンジナビアの国々に棲む巨人族。霜の巨人族ヨトゥンの末裔といわれる。百夜の夜に出現し、巨人というより妖怪のような存在で、側によるだけで家畜はおびえる。
【エーギル】
海を支配するとされた巨人。海に沈んだ多くの財宝が彼の海底の宮殿に集まり、その輝きで照明が要らなかったとされる。海を荒らしたり鎮めたりする。
北欧神話の妖精
【アンドヴァリ】
小人族ドヴェルグのひとり。地下のスヴァルトアールヴァヘイムに住み、水中で魚になることができた。財産を自由に増やすことができる黄金の指輪を持っていたが、これは他の人間が持つと死んでしまう。
【デックアールヴ】
北欧神話の中の妖精の中で地中に棲むものの総称。色が黒く、小さく不恰好で、性格もよくなく、人間にいたずらをして怪我をさせたり、病気をもたらしたという。
【ドヴェルグ】
北欧神話に登場する小人の妖精。英語ではドワーフという。地下のスヴァルトアールヴァヘイムという妖精の国に棲んでいる。鍛冶の仕事に関して天才的な力があり、神々のために不思議な武器や財宝を作ったとされる。その作品の中にはグングニルの槍などがあった。
【ニス】
家に棲むとされている妖精の一種。背丈は15cmぐらいで老人のような顔をしており、灰色の服を着てとんがり帽子をかぶっている。ゴブリンなどの他の妖精と同じく、バター付きのパンや牛乳といったわずかな報酬だけで、家の仕事を手伝ってくれるという。
【ネック】
スカンジナビアの川や湖に棲む妖精の一種。人魚のような存在だが半人半魚ではなく小柄な人間の姿をしている。音楽の才能があり、バイオリンやハープの演奏をしたりする。この音楽に聞きほれた人間は水の中に引き込まれてしまうという。
【リョースアールヴ】
天にあるアールヴヘイムという妖精の国に棲んでいるとされた妖精達。地下に棲むデックアールヴと異なり、外見は太陽より美しく、性質は善良で人間にも友好的だという。豊作をもたらす存在で、古代北欧では彼らのための祭祀も行われた。


全世界を貫く宇宙樹ユグドラシルと呼ばれるトネリコの根の1本は、 知恵の泉ミーミルに通じておりました。 主神オーディンは賢いが上にも賢くなりたかったので、知恵の泉ミーミルを飲もうとしましたが、 泉の番人がその片眼を置いていくなら飲ましてやっても良いという条件を出したので、 主神オーディンは自分の片方の目をとり泉に投げつけ、ミーミルの泉の水を飲みました。 こうして主神オーディンはさらに賢くなったのですが、片眼を失ってしまったのです。

 

ウチの庭にトネリコの樹がある
花言葉は『威厳』『偉大』『服従』『高潔』『思慮分別』


サプリメンタル・北欧神話の神々 しょの2
 

木曜日はトール(Thor→Thor's day)が由来 マーベルのマイティソー
オーディンの息子 ほぼ最強 ただし映画では長姉ヘラ(北欧神話にはいない)に敵わない 全能のハンマー ムジョルニア(北欧神話の鎚“ミョルニル”)もヘラには簡単に握りつぶされる ソーが最大級の雷を落としてもへらへらしている ロキとヴァルキリの三人がかりでも倒せなかった どうやって闘うかはマーベルを観よう(厳密には倒していない?)
雷神である(そのためユピテルと同一視されることもある) 父のオーディンは風神
トールの妻はシヴ なんの神かはよくわかっていない その長い金髪がロキに悪戯で切られたことがあり トール激怒 金髪を刈り取られる説話は穀物を収穫した後の冬の畑の情景を表現しているとも考えられている
彼には弟(ロキ)が居るが ロキは本来オーディンの実子ではなく神々の敵であるヨトゥンの血を引いている トールとロキは義兄弟である
トールとロキの関係は複雑かつ微妙

 

サプリメンタル・北欧神話の神々 しょの3
 

金曜日フライデーの由来はフレイヤ ヴァン神族出身で海神ニョルズの娘 フレイの双子の妹 生と死 愛情と戦い 豊饒とセイズ(魔術)を司る
オーディンとは対概念的存在だが 性的に奔放でいわゆるしまくり千代子 つまりギリシャ・ローマ神話のアフロディテ・ヴィーナスみたいなシト ちゃうわ女神
そもそも両親が兄妹の近親相姦である

 

神話における近親相姦はようけあって
日本神話でも イザナギイザナミにしてからがアヲカシキネの子で兄妹であるし 天皇家の始祖ホノニニギの父オシホホミはアマテラスとスサノヲの子であり どちらもイザナギの左目と鼻から生まれた姉弟である


ギリシャ神話では 大地の女神ガイアの子ウラノスは母のガイアと結婚して ティタン一族の他いっぱい産むし そのティタン一族も近親婚のオンパレードだし オリュンポス一族も頭領のゼウス自体が姉妹のヘラやデメテルなどと交わり さらにその娘のペルセポネとも父子相姦しているし アフロディテなどもそんなもんである


旧約聖書では イスラエル人の始祖イサクはアブラハムとサラの兄妹婚の子であり アブラハムの甥ロトも二人の娘に酒を飲まされたとはゆえ えんやとっとした
 

その他ヴェルスングやボロロ族やドゴン族の神話など枚挙にいとまがない もうこれはフロイトやレヴィ=ストロースもくりびつてんぎょのまさに新春スター隠し子大会(若いシトにはわからんネタ)なのである しかしこれらは 「既成の秩序を覆し 別の秩序によって置き換えるのに 是非とも必要な異常な力を具備した存在」を生み出す作用を果たしたとゆうことである そしてそれによって生まれた異常の子は いったん使命を果たすと コスモスをカオスに変え 世界をダークサイドに陥れる異分子となり 秩序の存続のために取り除かれる運命なのであった
 


フレイヤは 兄のフレイをはじめオーディンやロキとも関係があったし ブリーシングの首飾りが欲しくて四人のコビトともしている トールのハンマー盗難事件では巨人に見返りとして差し出されたり 壊れたアスガルドの城壁を巨人に修理してもらったときの報酬にされたり とまーいつも性対象になっている
 


女神ではあるがオーディンと共に戦に出かけ 格闘娘々ヴァルキリを率いてしばきまくる さらに戦死者を選んでオーディンと分け合った

 


肝心の夫(オーズ)は失踪する 彼女は世界中を探し回り涙を流して悲しみ このときの涙が黄金になったとゆう

しかし最終的には南の島で再会を果たす

 

サプリメンタル・北欧神話の神々 しょの4
 

トリのロキの前に もうシトリとゆうか個人ではなく女性戦闘集団 ヴァルキリ つまりワルキューレ 
ヴァルキリの意味は「戦死者を選ぶ女」これには「死すべきものを選ぶ」とゆう意味と「戦死者の中からオーディンのために働く英雄(エインゲリヤル)を選び出す」とゆう2つの意味がある
ギリシャ神話ではアマゾーンみたいな
マイティソーのキャストはちょっとヴァルキリのイメージ違うと思う

 

古くはSF映画「宇宙の七人」に出てきたセント・エックスミンとか あと誰か エターナルズのアンジェリナジョリとかの方が?

 

エターナルズの評価が分かれているのは アヴェンジャーズのようなそれぞれが超有名キャラのスーパーセッションではないからである いまそげなことをゆうても仕方が無い
 

ボバ新作にしてもこれまた思い入れのあるシトが多いから それはちゃうやろとなりかねない ローグワンは新キャラでハンソロがそうではなかったように だがただのスピンオフでいいわけがないだろう 全て観たがこれはこれで良いではないか
 

ヴァルキリについてはハマリ役のシトがない以上 自由な妄想は可能である

ヘカテの思意 第2章 エルの物語前後
 

序夜 Das Rheingold
 

赤いパネルから現れた花朗たちは嵆を連れ去った
タイムラインはリセットされ新たな分岐が始まる
どれだけの時が過ぎたのか あるいは遡ったのか
嵆が目覚めたところは ライン川の畔りであった

 

一般に記憶されたものの保持量は時間の経過とともに減少するが(忘却曲線)条件によっては学習直後よりも一定時間を経てからのほうが保持量が増加することがありこれをレミニッセンスとゆう ここでは物語性の話として「無意識の模倣」とする
「物語には物語をひっつける作用がひそんでいる」 レミニッセンスの本質は「模倣」である アナロギアが物語とゆうコンテキストに絡む
G・ルネ・ホッケ『文学におけるマニエリスム』によれば 言語遊戯の具体的な技巧として 回文 逆文(蟹言葉) アナグラム 忌字(例えばLを抜く)のリポグラマ 一個ずつ文字を落としていくカイマータ 集字(同一の文字をできるだけ多く使う)のパングラマ 類似音の語を並置する類音重畳法(パロノマジー) 文字や数字によって言葉の隠された意味を探るイソプセフィー 寓意 アレゴリー 擬人法 「鍵の髯」のように語を非本来的意味で使う濫喩(カタクレーゼ) 包括的概念と狭義概念を入れ替える提喩(シネクドケー) 誇大表現の張喩(ヒペルベル) 短縮表現のエプリセ 「氷の焔」のような矛盾形容法(オキシロモン) 予想もしなかった言葉で落ちを作るアプロスドケトン 単音綴(ロゴダエダリア) 接続詞省略(アツイデトン) 嵌め込み詩(ヴェルスラポルタティ)などである
ぼくのばわいこれらに加えて 句読点の廃止 ねちゃっとした口語体 オノマトペ 一行文字数 頭韻と脚韻 縦読み ポストモダンシュニッツラーがある

 

序夜 Das Rheingold 第一場 ラインの河底
 

古い世の言葉には数々のいみじきことが伝えられている
ほまれ高い英雄や 容易ならぬ戦いの苦労や
よろこび 饗宴 また猛き勇士らのあらそいなど
あまたのいみじき物語を これからおん身に伝えよう
(ニーベルンゲンの歌 第一歌章)
・・・

 

「私は火の半神」
 

ライン川の畔で目覚めた嵆の前に現れたローゲ(ロキ)がこう言った
 

「お前は大きな勘違いをしていたのだ そのために起こった神聖時間のずれを裁定するために私は来た マルチバースの様々な次元分岐はそのどれが正しいとゆうわけではない この河の中にひとつの鍵がある」

 


 

「かのオペラをやるとゆうなら 私はどの役をすれば良いのかな」
 

と嵆は問うたが ローゲはそれには答えずこう言い放つ
 

「そうゆう問題ではないのだよ これはスピンオフではない」

 


 

ライン川(ラインがわ、アレマン語: Rhy、バイエルン・オーストリア語: Rhein、蘭: Rijn、仏: Rhin、羅: Rhenus)は、ヨーロッパ(スイス リヒテンシュタイン オーストリア ドイツ フランス オランダ)を流れる川である。
スイスアルプスのトーマ湖に端を発し、ボーデン湖に入りドイツ・フランスの国境を北に向かい、ストラスブールを越えてカールスルーエの少し南からドイツ国内を流れ、ボン、ケルン、デュッセルドルフ、デュースブルクなどを通過しオランダ国内へと入ったあと2分岐し、ワール川とレク川となりロッテルダム付近で北海に注いでいる。
全長1,233キロメートル。

 

この途中にあるボーデン湖は ユングの出生地である
彼の幼少期の必読書は『ファウスト』
バーゼル大学の医学生時代 講師のニーチェに感銘を受ける

 

1899年10月国家試験に備えるためにリヒアルト・フォン・クラフト=エービング(※後述!)の精神医学の教科書(1890)を読んで「自然と精神の衝突が出来事になる場所」「対立し合うものの合一」としての精神医学から衝撃を受ける
 

フロイトと知り合うのは1907年頃のこと

 


 

ダリ24歳にとってガラ35歳(エレナ・イワノフナ・ディアコノワ)は貪欲なヴァルキリーであった

ワーグナーが手本にしたのはアイキュロスのプロメテウスなどのギリシャ悲劇である
 

幕間 
 

この先は長いので ユングのふるさとボーデン湖に来たついでに 少し南に下ってアルプスに登ってみよう さらに南にはオリエント急行が通るシンプロントンネルもある
 

ユングフラウヨッホ
 

ここにある展望台を スフィンクス展望台とゆう
オイディプスにはスピンクスとの問答とゆう有名な逸話がある

 

Q:

「一つの声をもちながら、朝には四つ足、昼には二本足、夜には三つ足で歩くものは何か。その生き物は全ての生き物の中で最も姿を変える。」


オイディプスは「人間」と答えたが スピンクスはそれにびっくりして自殺する
果たしてそれは正解であったのか?

 

幕間しょの2
 

さてもう少し補足
プロメテウスとはギリシャ神話ではちょっとトリックスター神
系譜は複雑 パンドラが妻であるとの説もある そもそもパンドラはエピメテウスの妻の筈であるが
ましかしこの話は 『神統記』のヘシオドスがたんに大の女嫌いであったとゆう偏見とちゃいますか
今回は北欧神話なのでまた別な視点から見る

 

序夜 Das Rheingold 第二場 広々とした山の高み
 

「これはスピンオフではない」
 

ローゲ(ロキ)はそうゆうとスピンクスにメタモルした 彼は色んなもの特に動物に変幻する能力があった さらに時空移動装置を使って 嵆をユングフラウヨッホの頂上駅に運んだ
 


 

スフィンクス(スピンクス)は女性名詞であり「謎の人」とゆう意味もある 各時代文化により差異がある 顔は女性 胸と脚と尾は獅子 鳥の羽を持つ 中国では「獅子女面像」 漱石は「獅子女(虞美人草)」 永井荷風は「怪像」または「怪神」 諸星大二郎では「解明獣」として出てくる
 


 

女怪となったローゲが続ける
 

「さて 嵆よ 先日の謎かけだが 『一つの声をもちながら、朝には四つ足、昼には二本足、夜には三つ足で歩くものは何か。その生き物は全ての生き物の中で最も姿を変える』 これにオイディプスがどう答えたかは知っているね」
 

「嬰児にあっては四つん這いの四本足 成人して二本足 老いて杖をつき三本にとゆう『人間』のことですね」
 

「その通り だがそれは正解か そもそもこの問いは朝昼晩のタイムラインについて問われたものではない そう知られているのは紀元前一世紀のディオドロスの解だが 問いの部分は最も古い紀元前四世紀のアスクレピアデスでも人口に膾炙した通りには記述されていないのだ 本来の著書に由来する韻文形では それは『声は同一であるのに 二本足でも四本足でも三本足でもある地上に住むもの(エスティ  ディプン  エピ  ゲス  カイ  テトラプン  フ  ミア  ポネ  カイ  トリプン)』は何かと訊ねている 特にこの声が同一のところを見ても 嬰児が成人や老人と同じように同じ声のわけはないだろう」
 

「ああそうでした この問いに『人間』と答えたオイディプスですが それはオイディプス自身のことであるとゆうのを思い出しました オイダとは『知る人』の意味であり プスは『脚』の意味です さらにディは2のことだから 件の謎かけの四本脚はギリシャ語においてはテトラプス 三本脚はトリプス 二本脚がディプスと書かれているものも」
 


 

この話はテーベ(テバイ)伝承のうちの重要部分で ホメロスの「オデュッセイア」にも登場する オイディプスの家系は実は大変ややこしく他の名前にも色んな暗合があるが 一般的に知られているのはオイディプスとは「腫れた脚」のこと 息子に殺されると予言されたおとん(テーベの王ライオス)が息子を生後すぐに両足のかかとをピンで刺し捨てたことによる もう一度絵を見ていくと 挑戦的なスフィンクスの眼としがみつきに対して オイディプスはいかにも無力な男に描かれている モローの絵(1864)の本来の意図は何だったのか 
 


 

「でわ 君の解はどうなんだ」
 

問われて嵆は当惑する
 

序夜 Das Rheingold 第三場 ニーベルハイム
 

ローゲ(ロキ)に 君の解は? と聞かれて戸惑ったときに何かが傍を通った あの兎だと思って追いかけた嵆はニーベルハイムの穴に落ちる
 

「だからそれが思い違いだとゆうのだ あれは三月兎ではない しかも もっと大きな思い違いは 白兎でもなく 繰り返されるシャノワールを見間違ったわけでもないとゆうことだ」
 


 

4-2-3問題は異時同図でもない オイディプス王は古代とくにアリストテレスに於いて悲劇の主人公の典型的なものと定義された それが語源となったエディプスコンプレックスもフロイトを想起すればギミフォーとゆわれてもふたつでじゅうぶんですよだが 相手が誰であるか知らずにやったにせよ 父を殺し母と同衾するとゆう二重の大罪を犯したオイディプスの運命は つまり近代西洋人が読み解くソポクレスの悲劇は人間の知ないしは知的好奇心に関する悲劇であり ハムレットも同様に人間全てに共通する心理ないしは運命を見いだしたあの謎は新たな謎を呼んだのだ それはオイディプスの二義性である
 


 

「もちろん三月は卯の月だがね キャロルがそれを知っていたはずはない 月の兎でもなかったとゆうことだ そこからこのタイムラインが始まっている ただ今回の話は déjà vu ではなく Vuja De である 厳密には jamais vu が正しい 今はもう四月だ 四月なら辰 つまりドラゴン もちろん辰巳は ペアだからな」


 

「ハカセ 今回はノンストップなので出番がないね」
 

「お笑い路線にしなさいとゆうお達しもあるからな」
 

「スピンクスのなぞなぞ商会の解はどないしまんの」
 

「4-2-3問題か ギザの三大ピラミッドはそうゆう大きさの比である」
 

「ピラミッドの配置は火星(第4惑星)金星(第2惑星)地球(第3惑星)を表すとゆう説もあります」
 

「四輪で出かけて二輪に事故して松葉杖とゆうのはどうか」
 

「お化け煙突はどうでしょう つげ義春とピンフロ」
 

「寒い朝ふとんからよつんばいで出て 昼間は真面目な日本の歯医者さん しかして夜は中足の変態プレーとゆうのはどうか」
 

「そのアイデンチチはいったいなんなん」
 

「んなもんあるわけない だいたいからいつもゆうてることやが じぶんさがしとかゆうのが それはもうちょうだとはかたはらいたいわ ザッカーバーグとかゆうシトが『アイデンチチはひとつ』とゆうのもちょっとちゃうんとちゃうけ よっつになったりふたつになったりみっつになったりするところがにんげんのおもろいところであって そもそもじことゆうものはコンプレックスのかたまりなのだからな スタンダロンコンプレックス」
 

「それがオチですか 長いですね」

 

序夜 Das Rheingold 第四場 再び山上にて
 

「ラインの黄金を鍛えた指輪を作るには アルベリヒの用いた特殊な条件があったが 今回はまた違うタイムラインだから ゆわばネメシスによるネクサスの分岐だな」
 

「原本ではそこちょっと困るところなので ドンナー(トール)に頼んでヴァルハラへ虹の動機を架けてもらいましょう 山上から飛べばアダムズピークにも行けます そこにも指輪の材料があるから ムーンストーン」
 

「それでも良い しかしまだ趣向は沢山ある まずはユングフラウ鉄道に乗ってトロッコ下山しよう そこからはライン下りもあるし 遠回りだがシンプロン峠を越えてラ・スペツィアまで行っても良い」
 

TVAにロキが飛ばされた最後の所は虚空の世界
次章はそこから初めても良い

 


 

ネメシス(古希: Νέμεσις)は、ギリシア神話に登場する女神である。人間が神に働く無礼(ヒュブリス)に対する、神の憤りと罰の擬人化である。ネメシスの語は元来は「義憤」の意であるが、よく「復讐」と間違えられる(訳しにくい語である)。擬人化による成立のため、成立は比較的遅く、その神話は少ない。主に有翼の女性として表される。

 


 

ヘーシオドスの『神統記』ではニュクス(夜)の娘とされる。ゼウスはネメシスと交わろうとしたが、ネメシスはいろいろに姿を変えて逃げ、ネメシスがガチョウに変じたところゼウスは白鳥となってついに交わり、女神は卵を生んだ。この卵を羊飼いが見つけてスパルタの王妃レーダーに与え、これからヘレネーとディオスクーロイが生まれたとされる。ただしゼウスがこのとき白鳥となって交わったのはレーダーであるという伝承もある。
ニュンペーのエーコーの愛を拒んだナルキッソス(ナルシス)に罰を与えたのはネメシスであるとされる。

 


 

古代のギリシアでは神々は、人間と神々の違いが曖昧にされることをけっして許さず、古代ギリシア人がヒュブリス(傲慢)と呼んだその罪が犯されると、ネメシスと呼ばれた神の怒りが発動して、必ず恐ろしい神罰が下されると信じられていた。だからこの言葉を述べることで祭司は、自分と市民たちがオイディプスを敬うあまりに、神罰に値するようなヒュブリスの罪を犯しているわけではけっしてないという釈明をしたわけだ。つまりこんな釈明が必要と思われたほど、オイディプスは市民たちからまさに神のように崇められていたわけだ。

 

間奏曲
 

序夜「ラインの黄金」と第一夜「ワルキューレ」の間にはオペラの構成から省かれている逸話がある
ヴォータンは念願の城ヴァルハラで神々の長として君臨するが「神々の終りの時が来る」とゆうエルダの言葉に常に不安を覚えていた
そしてついにエルダに会いに行き秘密を聞き出すために関係を結ぶ
その結果できた娘がブリュンヒルデである
さらにヴォータンは色んな女神との間に8人の娘をもうけ 彼女たちがワルキューレとなるのだ
そしてヴォータンを支えたものの彼の不安は消えなかった
それは指輪に関することだった
その解決を

 

ネクサス24+35=
 

甲州の秋は早い 或る夜 信玄の寝所にひとりの男が現れる
 

「徳栄軒どの・・」
 

「何奴!」
 

信玄はどなろうとしたが声は出ず身体も動かない
 

「お静かに 私は遠い国から信玄殿に話があって来たロキよ まずお知らせね 越後の景虎がまた信州へ向けて兵を発したわ 決戦場は例によって川中島 思いもかけぬ陣を妻女山にはるのよ 海津城の南に回り込むのね」
 

「おまいは上杉の乱破か 寝返りでもしたか」
 

「ちゃいます 聞いてほしい話とはね 長尾と手を組みませんかとゆうこと」
 

「では室町殿の使いか 和議勧告はこれでもう三度目や 和睦はせぬ」
 

「義輝の使いでもないわ これはただの和議じゃなくてね 甲越二軍が手を携えて天下に臨めとゆうこと」
 

「あのね君 甲越は十五年来の宿敵 両雄並び立たぬは十目の見るところやで」
 

「まーそげな硬いことゆわんと このままではいづれ武田は滅びます」
 

「誰に滅ぼされるとゆうのか」
 

「織田と松平 織田は天下に覇を立てるんだけど ある臣下に殺され 今はまだ無名の足軽がそれを継いで天下を統一 さらには大明にまで攻め込むことになるわ」
 

「そげな夢幻の話など信じられるか」
 

「びっくりした? これは史実 この命運を覆すにはまず景虎と手を組むのよ」
 

「この信玄が景虎と結ぶなどとゆうことができるわけが・・」
 

「景虎だからこそそれができるのよ これは長尾の近親以外は知らぬ事 ぢつわ景虎は・・生まれついての両性具有(ふたなり)なのよ」

 
永禄四年(1561)九月九日

 

鞭声粛々夜河を渡る その前に
海津城の奥の間で二人の密会は行われた
翌日 川中島の霧が晴れ渡ったとき 甲信越連合軍は東海にむかって進撃を開始する 諏訪法性の兜のあるところ白妙絹の行人包みは常に影の形にそうごとく 越後の精兵と甲州の鉄騎を会わせた軍勢は向こう所敵なく たちまち今川を降し 松平をたいらげ 浅倉浅井を合して濃尾の野になだれ込んだ
その後 謙信は信玄の子を孕み この竜虎の交わりによって産み落とされた子が・・

 

第1日 Die Walküre 第一幕
 

ローゲ(ロキ)と嵆はトロッコ列車に乗った
コンパートメントは広い 最初の駅に着いたところで新たな客が三人乗り込んできた

 

ノルン 複数形はノルニル
巨人族の3姉妹(ヨトゥン)である長女ウルズ 次女ヴェルザンディ 三女スクルド(ワルキューレの一人)
ウルズ(古ノルド語: Urðr、英語: Wyrd)は運命を意味する
ギリシア神話・ローマ神話において同様に糸を紡いでいる運命の女神モイライ・パルカイのように
過去を司るウルズ 現在を司るヴェルザンディ 未来を司るスクルド という解釈が一般的であるものの その根拠は北欧神話にはなく むしろ3柱全員が未来を象徴している
ノルン(norn)は(糸を)編む(to twine)とゆう意味もある

 

覚え書き
 

☆1740-1814 マルキ・ド・サド 仏(Marquis de Sade)
1756-1791 ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト 墺(Wolfgang Amadeus Mozart)
1770-1827 ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン 独(Ludwig van Beethoven)
1785-1863 ヤーコプ・ルートヴィヒ・カール・グリム 独(Jacob Ludwig Carl/Karl Grimm)
1786-1859 ヴィルヘルム・カール・グリム 独(Wilhelm Carl Grimm)
1797-1828 フランツ・ペーター・シューベルト 墺(Franz Peter Schubert)
1797-1849 クリスティアン・ヨハン・ハインリヒ・ハイネ 独(Christian Johann Heinrich Heine)
1798-1863 フェルディナン・ヴィクトール・ウジェーヌ・ドラクロワ  仏 (Ferdinand Victor Eugène Delacroix)
1809-1849 エドガー・アラン・ポー 米(Edgar Allan Poe)
1810-1849 フレデリック・フランソワ・ショパン 波(Frédéric François Chopin)
★1813-1883 ヴィルヘルム・リヒャルト・ワーグナー 独 (Wilhelm Richard Wagner)
1818-1883 カール・ハインリヒ・マルクス 独(Karl Heinrich Marx)
1821-1867 シャルル=ピエール・ボードレール 仏(Charles-Pierre Baudelaire)
1825-1899 ヨハン・シュトラウス2世 墺 (Johann Strauss II. )
1832-1883 エドゥアール・マネ 仏(Édouard Manet)
☆1836-1895 レーオポルト・フォン・ザッハー=マゾッホ 墺( Leopold Ritter von Sacher Masoch)
1838-1889 ジャン=マリ=マティアス=フィリップ=オーギュスト・ド・ヴィリエ・ド・リラダン伯爵 仏(Jean-Marie-Mathias-Philippe-Auguste, comte de Villiers de l'Isle-Adam)
1839-1906 ポール・セザンヌ 仏(Paul Cézanne)
1840-1926 クロード・モネ 仏(Claude Monet)
☆1840-1902 リヒャルト・フォン・クラフト=エビング男爵 独(Richard Freiherr von Krafft-Ebing)
1841-1918 オットー・ワーグナー 墺(Otto Wagner)
1841-1919 ピエール=オーギュスト・ルノワール 仏(Pierre-Auguste Renoir)
1842-1898 ステファヌ・マラルメ 仏(Stéphane Mallarmé)
1844-1900 フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ 独
(Friedrich Wilhelm Nietzsche)
1848-1903 ウジェーヌ・アンリ・ポール・ゴーギャン 仏( Eugène Henri Paul Gauguin)
1853-1890 フィンセント・ヴィレム・ファン・ゴッホ 蘭(Vincent Willem van Gogh)
☆1856-1939 ジークムント・フロイト 墺(Sigmund Freud)
1860-1911 グスタフ・マーラー 墺(Gustav Mahler)
☆1862-1931 アルトゥル・シュニッツラー 墺(Arthur Schnitzler)
1862-1918 クロード・アシル・ドビュッシー 仏(Claude Achille Debussy)
1862-1918 グスタフ・クリムト 墺( Gustav Klimt)
1863-1944 エドヴァルド・ムンク 威(Edvard Munch )
1864-1901 アンリ・マリー・レイモン・ド・トゥールーズ=ロートレック=モンファ 仏(Henri Marie Raymond de Toulouse-Lautrec-Monfa)
1866-1944 ロマン・ロラン 仏(Romain Rolland)
1866-1946 ハーバート・ジョージ・ウェルズ 英(Herbert George Wells)
1869-1951 アンドレ・ポール・ギヨーム・ジッド 仏(André Paul Guillaume Gide)
1869-1954 アンリ・マティス 仏(Henri Matisse)
☆1870-1937 アルフレッド・アドラー 墺(Alfred Adler)
1872-1898 オーブリー・ヴィンセント・ビアズリー 英(Aubrey Vincent Beardsley)
1874-1946 ガートルード・スタイン 英 (Gertrude Stein)
1875-1955 パウル・トーマス・マン 独(Paul Thomas Mann)
☆1875-1961 カール・グスタフ・ユング 瑞(Carl Gustav Jung)
1879-1955 アルベルト・アインシュタイン 独(Albert Einstein)
1881-1973 パブロ・ピカソ 西(Pablo Picasso)
1882-1963 ジョルジュ・ブラック 仏(Georges Braque)
1883-1924 フランツ・カフカ 端(Franz Kafka)
1884-1920 アメデオ・クレメンテ・モディリアーニ 伊(Amedeo Clemente Modigliani)
☆1888-1964 エルンスト・クレッチマー 独 (Ernst Kretschmer)
1890-1918 エゴン・シーレ  墺(Egon Schiele)
1890-1976 マン・レイ 米(Man Ray)
1891-1964 コール・ポーター 米(Cole Porter)
☆1893-1990 カール・メニンガー 米(Karl Augustus Menninger)
1896-1940 フランシス・スコット・キー・フィッツジェラルド 米(Francis Scott Key Fitzgerald)
☆1897-1957 ヴィルヘルム・ライヒ 墺(Wilhelm Reich)
1899-1961 アーネスト・ミラー・ヘミングウェイ 米(Ernest Miller Hemingway)
1900ー1983 ルイス・ブニュエル 西( Luis Buñuel)
☆1900-1980 エーリヒ・ゼーリヒマン・フロム 独(Erich Seligmann Fromm)
1901-1981 ジャック=マリー=エミール・ラカン 仏(Jacques-Marie-Émile Lacan)
1904-1989 サルバドール・ダリ 西(Salvador Dalí)
1913-1960 アルベール・カミュ 仏(Albert Camus)
1925-1995 ジル・ドゥルーズ 仏(Gilles Deleuze)
1930-2004 ジャック・デリダ 仏(Jacques Derrida)
1930-1992 ピエール=フェリックス・ガタリ 仏(Pierre-Félix Guattari)

第1日 Die Walküre 第二幕
 

ジークムント(テノール) ヴォータンが人間に生ませたヴェルズング族の若者。
ジークリンデ(ソプラノ) ジークムントの双子の妹。フンディングの妻。
フンディング(バス) ジークリンデの夫。ヴェルズング族の宿敵。
ヴォータン(バリトン) 神々の長。神々の没落を予感し始めている。北欧神話のオーディンに当たる。
フリッカ(メゾソプラノ) ヴォータンの妃、結婚の女神。北欧神話のフリッグに当たる。

 

ブリュンヒルデ(ソプラノ) ヴァルキューレの筆頭格。ヴォータンとエルダの娘。
ゲルヒルデ(ソプラノ) ヴァルキューレ
ヘルムヴィーゲ(ソプラノ) ヴァルキューレ
オルトリンデ(ソプラノ) ヴァルキューレ
ヴァルトラウテ(メゾソプラノ) ヴァルキューレ
ジークルーネ(メゾソプラノ) ヴァルキューレ
ロスヴァイセ(メゾソプラノ) ヴァルキューレ
シュヴェルトライテ(アルト) ヴァルキューレ
グリムゲルデ(アルト) ヴァルキューレ

 


 

コンパートメントに乗り込んできた三人の娘はラインの女神ではなくノルニルだったのだろう 糸を巻きながら勝手なお喋りを繰り返していた
 

「パトラ姐さんもペラ姐さんも何も判ってないわ」
 

「ルナはグズやロタみたくヴァルキリの一人なの」
 

「魔女としてエルフの血を引くブリュンヒルドね」
 

「あたしには未来が見えるジャメヴュがあるのよ
 遠大な計画が ****だとわかっていても…」

 


私は、知っている
ユグドラシルと呼ばれているトネリコが立っているのを。
雪のような白い土を
振りかけられる高い樹だ。
それから露が生じ、
谷間に降る――
それは、いつも緑のままで立っている
ウルズの泉の上に。

 

第1日 Die Walküre 第三幕
 

古エッダの巫女の予言やスノッリのエッダなど
ノルニルの三女スクルドがワルキューレの一柱
とゆわれるが 同一神格かどうかは議論がある
北欧神話は時期や地域によってビミョーに違う
似たような名前も多く発音違いによる差もある
北欧神話がいつ頃どう書かれたかとゆうと
キリスト教化される前のノース人の信仰で
ノルウェー スエーデン デンマーク アイスランドなどが相当する フィンランドは別系統
楯乙女はスカンジナビアの伝承で
ヴァルキュリアの元になっている

 

さて
ブリュンヒルド(古ノルド語: Brynhildr、中高ドイツ語: Brünhilt、ドイツ語: BrünhildないしBrünhilde、英語: Brunhild、ブリュンヒルト、ブリュンヒルデとも)
ブリュンヒルドの名は、古高ドイツ語で言えばbrunia(鎧)とhiltia(争い)の2語からなり、他の言語においても同様である。この名が最初に確認できるのは、実在した女王ブルンヒルドのものである。
『古エッダ』における『ブリュンヒルドの冥府への旅』および『シグルドリーヴァの言葉』では、シグルドリーヴァと呼ばれるヴァルキュリャがブリュンヒルドと同一の存在とされている。シグルドリーヴァ(sigrdrífa)は、「勝利をもたらすもの」の意であり、ヴァルキュリャの同義語である。

 

吾が舞えば 麗し女 酔いにけり
吾が舞えば 照る月 響むなり
結婚に 神降りて
夜は明け 鵺鳥鳴く
遠神恵贈


あがまへば くわしめ よいにけり
あがまへば てるつき とよむなり
よばいに かみあまくだりて
よはあけ ぬえとりなく
とおかみゑみため

 

私が舞うと 美しい女が酔った
私が舞うと 照る月が鳴り響く
結婚するために神が天から降りてきて
夜が明けて 鵺鳥が鳴く
遠き御祖神大いなる恵みをください


 

「嵆君 モイライもノルニルもフィルギャもハミンギャもつまるところヴァルキュリアと変わりはないディースである 古ノルド語の運命の女性とゆうことだ」


 

「ヴォータンの命令で ブリュンヒルデを炎で封印したのは この私ロキだが おまえはノートウングを持っているではないか そして二つの鍵のうちひとつを」

第2日 Siegfried 第一幕
 

ユングフラウ鉄道は全長9.3キロメートル 三相交流電化50ヘルツ1125ボルト 軌間1000ミリ
 

列車は森の中の隧道を走る トンネルを抜けると そこは森の中の洞窟であった
ミメシスは砕かれた剣をパピエコレしようとしたがネタ切れで行き詰まっていた
ノートウングはジークムントが引き抜いた剣である
そもそもは父によって与えられた運命の剣であった

 


 

車内が明るくなったとき三人のノルニルは居なかった トンネル内の2つの駅の1つアイガーヴァント駅に着いたからだろう
入れ替わりに二人の男が入ってきた

 

アイガーヴァント駅(Eigerwand)
駅名は「アイガーの壁」を意味する。三大北壁の一つで、これまでに多くの登山家の命を奪った「アイガー北壁」として知られる。かつてはトンネル内のホームに列車が数分間停車するので、その間に歩いてすぐの展望台から、ガラス窓越しに切り立った崖を眺めることができた。基本的に当駅で数分間の停車時間を取るのはユングフラウヨッホへ上がる列車のみであった。2016年12月の改正より全列車通過となった。

 


 

コンパートメントに入ってきた二人の男は日本人だった
お邪魔しますと断った男は


「私は(K都大学の)K合と申します こちらは(K應義塾大学の)O此木教授です」
 

と挨拶してシートに座ると
二人はロキと嵆をそっちのけでさっそく議論を始めた

 

第2日 Siegfried 第二幕
 

さて現地特派員からの情報^^もあったので
北欧神話の固有地名などについておさらいしておこう

 

世界:
★アースガルズル(Ásgarðr, アースガルズ, アスガルド)
アールヴヘイムル(Álfheimr, アールヴヘイム, アルフヘイム)
ヴァナヘイムル(Vanaheimr, ヴァナヘイム)
ウートガルズル(Útgarðar, ウートガルズ, ウトガルド)
スヴァルトアールヴァヘイムル(Svartálfaheimr, スヴァルトアールヴヘイム, スヴァルトアルフヘイム)
ニヴルヘイムル(Niflheimr, ニヴルヘイム, ニフルヘイム)
ニヴルヘル(Niflhel)
ヘルヘイムル(Helheimr, ヘルヘイム)
ミズガルズル(Miðgarðr, ミズガルズ, ミッドガルド)
ムースペッルスヘイムル(Múspellsheimr, ムスペルヘイム)
★ヨトゥンヘイムル(Jǫtunheimr, ヨトゥンヘイム, ヨツンヘイム)
館:
ヴァーラスキャールヴ
★ヴァルホッル(Valhǫll; (ドイツ語形)Walhalla, ヴァルハラ, ワルハラ)
ヴィーンゴールヴ
エーリューズニル
ギムレー - 広間。
グラズヘイム
グリトニル
スリュムヘイム
セスルームニル - 広間。
セックヴァベック
ノーアトゥーン
ヒミンビョルグ
ビルスキルニル
フェンサリル
フォールクヴァング
フリズスキャールヴ - 高座。
ブレイザブリク
川:
イーヴィングル(Ífingr) - アースガルズルとヨトゥンヘイムルを隔てる川。
ヴィムル(Vimur)
エーリヴァーガル
エルムト
ギョッル
ケルムト
スリーズル(Slíðr)
その他の地名:
イェロヴェリル(Iörovellir, 「戦の原」「砂の平地」) - 『巫女の予言』において、誕生したドヴェルグたちが「アウルヴァングの住居」を探しに行った場所。
イザヴェル
ヴィーグリーズル(Vígríðr, ヴィーグリーズ, ヴィグリード)
★ウルズの泉(Urðarbrunnr, ウルザルブルンル, ウルザルブルン)
ギャッラル橋(Gjallarbrú, ギャッラルブルー)
ギンヌンガガプ
グニパヘリル
グラシル(Glasir)
グリョートトゥーナガルザル(Grjóttúnagarðar) - アースガルズルの国境。『詩語法』でソールがフルングニルと対決した場所。
シンガステイン(Singasteinn)
スルーズヴァンガル
ナーストレンド
バッリ(Barri) - 『スキールニルの言葉』でフレイとゲルズが落ち合うことにした場所。
★ビフレスト ※虹の橋
★ヒンダルフィヤル(Hindarfjall) - 『詩語法』においてブリュンヒルドルが横たえられていた山。
フヴェルゲルミル
ヘルヴェグ
ヘルグリンド
ミュルクヴィズ - 森。
ミーミルの泉
イアールンヴィズル(Járnviðr, ヤルンヴィド) - 森
★ユグドラシル
ユーダリル
実在の地名:
ウプサラの神殿

 

今回ユングフラウに登っているのは理由がある
ご指摘のようにそれぞれは違う山であるが問題は分水嶺はどこかとゆうことで
ぼくが訪れたことのあるドナウ川は黒海つまりヨーロッパを東方に流れる河であり ライン川は北海つまり西方に流れる河である
この二大河川の源流は確かに交わってはいないが近いところにある それがドナウの泉やウニペルスの泉またはブレクの泉であろうとゆうことだ もちろんそれらもユングフラウとは違う なぜそこなのかとゆうと

 

前回 ロキと嵆の列車に乗り込んできた二人の学者 O教授とK教授はそれぞれ間接的にフロイト!とユング!の孫弟子であるからだ ユングの語呂合わせは良いとしてなぜフロイトが出てくるかとゆうと これもまた彼の名前による つまりジークムント・フロイト
 

2-1
 

二人(K教授とO教授)の話
 

「私がチューリヒのユング研究所に留学していたときに聞いた話では フロイトとユングの息子たちが出会ったことがあるらしいです フロイトの息子さんがロンドンに住んでいて そこへユングの息子さんが尋ねていったと そのときの用件とゆうのがフロイトとユングの往復書簡がずっと未公開のままだったので公開するためにお互いの持っている手紙を交換しましょうとゆうことだったんですね 親同士の因縁はともかく良い話です」
 

「われはれはともに孫弟子に当たるようなもんだよ 私の師匠はウィーン精神分析研究所に留学し直々に学んだF沢先生だし」
 

「そこで今回の命題なのですが
 

2-2
 

「フロイトはゲイだな 弟子の中では相手はユングだろう 一方でユングは女性問題が」
 

「ですね 19歳ほど歳は離れていますけど でもフロイトは奥さんのマルタと大恋愛ですよ」
 

「その後はぱっとせんのだな これが むしろマルタの妹のミンナと怪しくないか 死ぬまで秘書やってるで」
 

「そこをユングは突っ込んだみたいですけど しかも夢判断でね」
 

「本人はしらばくれているからわからん ユングとトニーウォルフはどうなんかね」
 

「ユングの奥さんはむしろ母親みたいな存在で トニーの方はいわゆるアニマです 他にもいろいろ修羅場はあったようです」
 

「どうも家族関係にエディプス的なところがあるのよ」
 

「フロイトの弟子に有名なルーザロメがいますけど フロイトは自分の娘(アンナ)の家庭教師を頼んでいますね」
 

「それは結局断られている リルケの差し金だろう」
 

3-1
 

二人の話とは別にロキもしゃべり出す
 

「ジークムントはドイツ男性によくある名前だから珍しくはない ジークは『勝利』 ジークハイルは『勝利万歳』だ
 ワーグナーは自分の息子にジークフリートと名付けている そもそもこの部分は四部作の中では特別なところ 元ネタは神話もあるがグリム つまり森の奥のメルヘンである つまり『自然の中に育った純真無垢な若者が試練を経てやがてヒロインと結ばれる』というあらすじなんだが
 ジークフリートが『怖れ』を覚えようとして冒険するのはグリム童話の『こわがることをおぼえるために旅にでかけた男』 眠るブリュンヒルデに口づけして目を覚まさせるモチーフは『いばら姫』にそれぞれ結びついている
 さて 嵆君に『恐れ』はあるのか」

 

3-2
 

「この四部作の叙事的分水嶺ともゆうべき 第一夜(Die Walküre)第二幕第二場に戻るが ヴォータンの遠大な計画がなぜ頓挫したかとゆうと つまりあの伏せ字の部分は『自己矛盾』で 原因は・・・

 

参考 グリム童話
 

かえるの王さま (KHM 1)
マリアの子ども(KHM3)
こわがることをおぼえるために旅にでかけた男(KHM4)
狼と七匹の子山羊 (KHM 5)
兄と妹 (KHM 11)
ラプンツェル (KHM 12)
糸繰り三人女(KHM14)
ヘンゼルとグレーテル (KHM 15)
漁師とおかみ (KHM 19)
勇ましいちびの仕立屋(KHM20)
灰かぶり (KHM 21):「シンデレラ」として有名
ホレおばさん (KHM 24)
赤ずきん (KHM 26)
ブレーメンの音楽隊 (KHM 27)
ねずの木の話 (KHM 47)
いばら姫 (KHM 50):「眠り姫」「眠りの森の美女」とも呼ばれる
つぐみの髭の王さま (KHM 52)
白雪姫 (KHM 53)
ルンペルシュティルツヒェン (KHM 55)
千匹皮 (KHM 65)
がちょう番の女 (KHM 89)
星の銀貨 (KHM 153)

 

グリム兄弟は実はひねくれていて本当は怖い話なのだ とゆう裏話はあるが
まーディズニーが解毒してハリポタが魔法を茶の間に持ち込むような現代風神格化に比べて
ネトフリのフロイトはえぐい これハンガリーのNHKみたいなとこが作ったのよ エログロ満載でこんなんありかとゆうような内容だ

 

4-1
 

第二幕第二場
 

ジークフリートはファーフナー竜をノートウングの剣で倒す

 

4-2


竜の返り血を浴びたジークフリートは鳥の声がわかるようになり 炎に包まれて眠るブリュンヒルデを知る

m-3
 

「理性にとっては暗黒の時代であった千年を超えて、西欧は科学の時代を迎えます。1543年に発表されたコペルニクスの地動説は、まだまだ科学とは言い難い代物でしたが、1610年前後のケプラーの法則とガリレイの発見の数々は、現在、我々が科学と呼んでいるものの根幹をなすものです。もちろん、今日から見れば、ケプラーは科学者というよりは妄信的神秘主義者であったわけですが、それにもかかわらず、ハレー彗星やスペースシャトルは、寸分違わずケプラーの法則の元に動いている。そして、1619年、ルネ・デカルトは後年『方法序説』の中で展開する、『我思うゆえに我あり』から始まる着想を得るのです。」
 

しかしアンブローズピアスなら
 

『我思うと我思う ゆえに我ありと我思う』
 

と見る これはオモコつまり思い込みとゆうことだ
それは諸刃の剣であって 様々な分岐を産むことになる
以下 逆行する分岐に戻る


 

デカルトは「科学者」ガリレイの影響の下に『方法序説』を書いたのだが このデカルトの哲学がそれ以降の科学者たちに大きな影響を与えていく つまり実験だとか数学的論理だとかいった科学の手法は ガリレイやニュートンといった人たちによって確立されていった 科学的思考の枠組みはまさにデカルトの発明なのである デカルトが成し遂げたことは 一言でいうと理性による世界の単純化であった デカルトはこの世界を「物質」と「精神」の二つだけにしてしまう 精神のことはさておき物質について言えば それは外界のすべて すなわち 山であり海であり 動物であり植物であり 太陽であり星々なのだが そんなふうに区別するから話がややこしくなるのである



 

物質の特徴は大きさを持つことである それぞれの物質は 三次元の大きさ すなわち「延長」をもち それらが空間を占め移動する それがすべてなのである それを 山に神が宿り 動物に霊魂があるなどと考えるからややこしくなる 花は物質である それは石とは違う運動をするが それでも物質である
咲かない花もなければ散らない花もない 花が散るためには咲かなければならず 散って種を宿すことは植物としての本能である そこには理性も悟性もない
散る花を儚くオモコするのは人間の感性であるとゆうことだ

 

4-2-3
 

ダリの故郷スペイン・カタルーニャ地方ではサン・ジョルディの日に親しい人に本を送る記念日がある
いまは花を贈ろう
むくのおしべとめしべをともに内包する

 

m-2
 

19世紀の造形美術(主流は印象派)は大きく分けて昼系と夜系がある 言い換えれば太陽愛好と太陽恐怖 後者の方に象徴派(サンボリスムとはシンボルのフランス語読み)とデカダン派とがある 太陽を避けアトリエの密室に閉じこもって精神の目で見るタブロー画いているわけで 専ら自我の深層に沈潜する それはフロイト以前のむしろユングの深層無意識にも近いコンプレックス 神話の美的世界だが形象的表現としては別名 観念的なものである ドラクロワは激情的かつドラマチックだが モローは冷たく静的であろうとした モローは生涯独身でおかんに依存しているところに理由があるのだろうが そこにはモローのコンプレックスの二重写しが両性具有(ヘルマフロディトゥス)として描かれている 女は恐ろしく男は美しい無力として ギリシャ神話をビザンティン風(デカダンの時代性はビザンティン風とされる)に変形した スフィンクスである


m-1
 

逆行する分岐


What is real?
 

ロキは嵆に問う 
しかしリアルなどとゆう言葉は 17世紀になって初めてシェイクスピアがゆいだしたことなのだ

第2日 Siegfried 第三幕
 

『ジークフリート』は全3幕からなり、上演時間は約3時間50分(第1幕80分、第2幕70分、第3幕80分)
出ずっぱりのジークフロイト役は歌いまくるのでもーたいへん ま ここんとこぼくもノンストップだからむしろ歓迎ではある ただし中断事情もあった

 


ワーグナーは1849年のドレスデン5月蜂起に荷担してチューリヒに亡命しており、『ローエングリン』はリストの尽力によって1850年に初演されたものの、その後は新作を発表できず、このままでは音楽界からも忘れ去られるのではないかという危機感があった。
「指環」四部作の構想拡大によって、全曲完成の見通しが立たず、また仮に完成したとしても上演・出版のあてもないこと。
『ヴェーゼンドンク歌曲集』作曲の契機ともなったマティルデ・ヴェーゼンドンクとの親密な交際や最初の妻ミンナとの離婚(1862年)など、生活環境の変化に伴って創作意欲に刺激を受けたこと。
この状況下で『トリスタンとイゾルデ』の方を世に出したかったようだ ワーグナーの息子の名前はジークフリートだが その他ワーグナーの支持者だったビューローの妻コジマとの間にもイゾルデとゆう娘がある

 

人物:
・身長は167cm位だった。後妻のコジマは父親似の長身だったため、夫妻での写真撮影では身長差が目立たないように工夫した。
・亡命中、自分を保護してくれたリストを音楽的にも深く尊敬しており、唯我独尊とされる彼が唯一無条件で従う人物とされる。当時、ブラームス派とワーグナー派と二派に別れた際、リストが自分についてきてくれたことに感激し、自信を更に深めた。
・若いときは偽名を使って自分の作品を絶賛する手紙を新聞社に送ったり、パーティーで出会った貴族や起業家に「貴方に私の楽劇に出資する名誉を与えよう」と手紙を送ったりした(融資ではなく出資である)。これに対し拒否する旨の返事が届くと「信じられない。作曲家に出資する以上のお金の使い方など何があるというのか」と攻撃的な返事を出したという。
・夜中に作曲しているときには周囲の迷惑も考えずメロディーを歌ったりする反面、自らが寝るときは昼寝でも周りがうるさくすることを許さなかったという。
・常軌を逸した浪費癖の持ち主で、若い頃から贅沢をして支援者から多額の借金をしながら踏み倒したり、専用列車を仕立てたり、当時の高所得者の年収5年分に当たる額を1ヶ月で使い果たしたこともあった。リガからパリへの移住も、借金を踏み倒した夜逃げ同然の逃亡だった。
・過剰なほどの自信家で、「自分は音楽史上まれに見る天才で、自分より優れた作曲家はベートーヴェンだけだ」と公言して憚らなかった(とはいえリストやウェーバーなど、彼が敬意を払っていた作曲家は少なくなかったようだが)。このような態度は多くの信奉者を生むと同時に敵や反対者も生む結果となった。
・哲学者フリードリヒ・ニーチェとの親交があり、ニーチェによるワーグナー評論は何篇かあるが、中でも第1作『悲劇の誕生』はワーグナーが重要なテーマとなっていることで有名である。しかしのちに両者は決別する。
・ブラームスとそりが合わず、犬猿の仲だった。1870年にウィーンで催されたベートーヴェンの生誕100年セレモニーに講演者として招待を受けて快諾したが、土壇場で出席者リストにブラームスの名を見つけて出席を拒否した。
・動物好きで犬とオウムを飼っており、動物実験に反対する投書を寄稿したこともある。

 

3-3
 

「嵆君 第三幕第二場でヴォータンがジークフリートにノートウングで槍を折られるのはオイディプスが実の父と知らずにライオスを殺す場面とシンクロしているね これはどちらも養父に育てられたとゆう環境も似ている つまりジークフリートとブリュンヒルデの関係はオイディプスとイオカステの母子相姦のイメージだ」

 

3-4
 

「しかしそこには『救済者』としてのアンティゴネが生まれるように 男性的要素(詩人)と女性的要素(音楽)の合体が理想の芸術を生む と考えたワーグナーの思想ではないですか ロキであるあなたはそれを阻むおつもりか」

Siegfried Act III Scene 3
 

岩山の頂上で一頭の馬(グラーネ)、そして炎の痂に顔を覆われて横たわる人間(ブリュンヒルデ)を見いだす。身体を覆っていた盾と鎧を外し、眠っているのが女性であることに気づいたジークフリートは、初めて「怖れ」を覚える。しかし、次第にブリュンヒルデの美しさに魅せられ、「目を覚ませ!」と叫ぶと、唇を重ねる。
ブリュンヒルデが目覚める。目覚めさせたのがジークフリートであることを知ったブリュンヒルデは感動し、二人による長大な二重唱となる。一度は不安におののき、取り乱した姿を見せるブリュンヒルデだが、本能の赴くままに求愛するジークフリートについに応える。二人は声を合わせて愛の歓喜を歌い上げ、「輝ける愛! 笑っている死!」で結ぶ。

 


 

「嵆君 お楽しみのところを誠に申し訳ないのだが」
 

「また邪魔をしにきたのか ロキ?
 

「邪魔とゆうわけでない 分岐を確かめたいだけだ」
 

「同じことだ しかしいつもと違う
 

「ああ私は変身できるから 炎を纏うことによって
 てゆかー 例えばメフィストフェレスみたいな?」

 


 

「今回ノンストップ公演をやっているところで 明日からはいよいよ最終章の『神々の黄昏』だ フツーこの四部作ではこの幕間に一日の休憩をはさむこともあるのだぞ それになんだそのメフィストフェレスのような格好は そんな役柄は出てこないはずだが」

第3日 Götterdämmerung 序幕~第一幕
 

『ニーベルングの指環』四部作は、ひとつのプロローグと3日を要する舞台上演と見なすことができ、本作『神々の黄昏』はその「第3日」(Dritter Tag)に当たるとともに、四部作の最後を締めくくる作品である。
「指環」四部作はそれぞれ独立した性格を持ち、単独上演が可能である。『神々の黄昏』は序幕を含む全3幕からなり、上演時間は約4時間20分(序幕および第1幕110分、第2幕70分、第3幕80分)。四部作中もっとも長大であり、劇的変化に富む。 序幕と第1幕の間奏曲「夜明け - ジークフリートのラインへの旅」や第3幕の間奏曲「ジークフリートの葬送行進曲」及び「ブリュンヒルデの自己犠牲」の音楽は演奏効果が高く、しばしば管弦楽のみで独立して演奏される。

 


元ネタになったグリムの話だが
 

当時のドイツの時代背景は
法学はローマ法が中心 ローマ法はローマ帝国がキリスト教を奉じて中世ヨーロッパ世界に版図を広げるにあたって中央集権的に構築した厳密な法体系というべきもので 一言でゆえば社会人為的な組み立てになっていた しかし世間にはローマ法以外の規律や習慣や取り決めでおこなわれていることなどいくらでもあった 特にドイツ各地にはキリスト教が広がる前にゲルマン諸民族が長年にわたって築き上げてきたいくつもの慣習法があって そこには中央集権的なロジックがおよそあてはまらないような価値の取り決めやルールがさまざまに生きていた ここにドイツ人の心証としてドイツ固有のものではないがメルヘンが芽生える ヤーコプはそういった先住民族の伝承や語法に関心をもったのだ 法学から民間伝承へ さらに グリム兄弟はサヴィニーの研究室や図書室に入り浸りになり 古代ゲルマンの伝説・民謡・物語を調べノートにとるようになった 民話に詳しい太陽薬局の一家からの聞き取りを編集もしている
グリム兄弟が生まれたのはフリードリッヒ大王末期の1785年あたりで このあとドイツはフリードリッヒ・ウィルヘルム2世の治世に入った そのとたん隣国のフランスでフランス革命が勃発した ナポレオンが台頭してヨーロッパは戦場と化したとゆうこと つまりグリム兄弟のメルヘン採集はドイツ魂の鼓舞とつながっていたわけである グリム兄弟は祖国愛をもって立ち上がった「母国語の闘士」だった グリム童話は祖国愛と母国語のための下調べだとゆうことだ

残酷かとゆうのは オトナのしもげた視点であって 自分たちのやっていることの方が酷い ハンガリーの国営放送にしてからがアレである


もともと子どもはけっこう残酷なものである 昆虫類に対する仕打ちを見よ おとぎ話は日本であっても惨い話は多い

2-5
 

引き続きO教授とK教授の会話
 

「さてザロメはフロイトはリルケやニーチェよりも性的に未熟やゆうとるで これはザロメが発展家であったとゆうよりは フロイトが禁欲的だったのだろう」
 

「当時のヨーロッパではそれはまだたいへんなことだったんです ユングも今では倫理観も変わってますからオープンですけど」
 

「フロイトの奥さんは結婚前に音楽家の彼氏が居た フロイトの方は自分は科学者だから芸術家には敵わないとゆう」
 

「女性を前にすると鍵の開け方がわからない箱の前に立っているような気がして どないしたらええんやろと こゆとこがユングとフロイトのかなり違う所です」
 

3-5
 

「嵆君 問題はそれより父と母なんだがね そこんとこはもう少し両教授の話を聞いてからにしよう この最終章は長丁場ではあるけれど時間的な制約はどうにでもなる 君も私もそれは得意とするところだろう」
 

「私は一生懸命指輪を手に入れたんです そして愛馬については約束をもらった」
 

「どうやらポイントの分岐はそこだな それでいいんだよ それはいずれ訪れる そう信じれば新たな分岐が始まるのだ たといノルンの糸が切れようと 君にはトネリコの護符があるではないか」
 

第3日 Götterdämmerung 第二幕 ライン河畔
 

ネメシスのネクサス
 

ドイツ民族の著名な音楽家を整理しておこう
★ヨハン・ゼバスティアン・バッハ 1685-1750
ドイツ・テューリンゲン州アイゼナハ(アイゼナッハ)出身のJ.S.バッハ。アイゼナハ郊外にはリヒャルト・ヴァーグナーのオペラ『タンホイザー』の舞台となったヴァルトブルク城がある。
★ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン 1770-1827
神聖ローマ帝国時代におけるボン出身の作曲家ベートーヴェン。生家は二つの大戦をほぼ無傷で切り抜け、当時の建造物のまま「ベートーヴェン・ハウス Beethoven-Haus」として維持管理され、室内楽ホールでは頻繁にコンサートが開催されている。
★ヨハネス・ブラームス 1833-1897
J.S.バッハ、ベートーヴェンと共に、ドイツ音楽における「三大B」と称される19世紀ドイツの作曲家ヨハネス・ブラームス(Johannes Brahms)。出身地のドイツ北部ハンブルクには名門のオペラハウス(ハンブルク国立歌劇場)がある。
★フェリックス・メンデルスゾーン 1809-1847
ドイツロマン派の作曲家フェリックス・メンデルスゾーン(Felix Mendelssohn)。出身はブラームスと同じハンブルク。幼少期から音楽の神童として活躍し、20歳の時に「マタイ受難曲」の公開演奏をバッハの死後初めて行った。
★★★リヒャルト・ワーグナー 1813-1883
ロマン派オペラを極めた19世紀のドイツの作曲家リヒャルト・ワーグナー(Wilhelm Richard Wagner)。ドイツ東部ライプツィヒ出身。フランツ・リストらとともに新ドイツ派と呼ばれ、絶対音楽にこだわるブラームス派と対立した。
https://www.youtube.com/watch?v=huMjnA1_-_E
ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル 1685-1759
ドイツ生まれでイギリスに帰化したバロック期の作曲家ヘンデル(Georg Friedrich Händel)。イギリスではハンデル(ハンドル、ヘンドル)と呼ばれる。
J.S.バッハとは同い年だが接点はなかったようだ。出身地のザクセン=アンハルト州ハレ(ザーレ)ではヘンデル音楽祭が開催されている。
ロベルト・シューマン 1810-1856
19世紀ドイツ・ロマン派を代表する作曲家ロベルト・シューマン(Robert Alexander Schumann)。クララとの結婚までの6年間に作曲された『子供の情景』、『クライスレリアーナ』、『幻想曲』などのピアノ曲には、クララへの思いが喜びや希望や苦痛や悲嘆の形で込められているという。
リヒャルト・シュトラウス 1864-1949
ドイツの後期ロマン派を代表する作曲家リヒャルト・シュトラウス(Richard Georg Strauss)。親交のあったマーラーと同じく指揮者としても活躍。代表曲は、交響詩『ツァラトゥストラはこう語った』、『ドン・ファン』、『アルプス交響曲』など。
カール・マリア・フォン・ウェーバー 1786-1826
ドイツのロマン派初期の作曲家ウェーバー(Carl Maria von Weber)。モーツァルトによるドイツオペラの伝統を継承し、『魔弾の射手』によってドイツ・ロマン派のオペラ様式を完成させた。モーツァルトの妻コンスタンツェは父方の従姉。
レオン・イェッセル
日本テレビ系「キユーピー3分クッキング」テーマ曲『おもちゃの兵隊の行進(観兵式)Parade der Zinnsoldaten』作曲者として知られる。
ハインリッヒ・ヴェルナー
19世紀ドイツの作曲家。ゲーテの詩に基づく歌曲『野ばら Heidenröslein』が有名(1829年初演)。ちなみにシューベルト『野ばら』は1815年出版。
ジャック・オッフェンバック
ドイツ生まれでフランスに帰化した作曲家(本名はヤコプ・レヴィ・エベルスト)。パリの劇場主として作曲したオペレッタ『地獄のオルフェ』が大ヒット。同曲はフレンチ・カンカンのテーマ曲としても定着した。
カール・オルフ
舞台形式によるカンタータ「カルミナ・ブラーナ」冒頭の合唱『おお、運命の女神よ O Fortuna』が有名。テレビ番組・CMでよく使われる。
フリードリヒ・ジルヒャー
ドイツ歌曲『ローレライ』の作曲家として有名
ヘルマン・ネッケ
代表曲『クシコス・ポスト Csikos Post』は日本の運動会でも使われる
ヨハン・パッヘルベル
バロック期ドイツの作曲家ヨハン・パッヘルベル(Johann Pachelbel/1653-1706)。1680年頃に作曲したカノン様式の作品「3つのヴァイオリンと通奏低音のためのカノンとジーグ ニ長調」第1曲は「パッヘルベルのカノン」として広く親しまれている。
ヨハン・ブルグミュラー
ピアノ入門者・初学者向けの教則本「25の練習曲」が特に有名。弟のノルベルト・ブルグミュラーはメンデルスゾーンの親友。
エンゲルベルト・フンパーディンク
メルヘンオペラ『ヘンゼルとグレーテル』で有名。リヒャルト・ワーグナーと親交があった。
グスタフ・ランゲ
19世紀ドイツの作曲家・ピアニスト。代表曲は『エーデルワイス Edelweiß』、『花の歌 Blumenlied』、『荒野のバラ Heidenröslein』。


2-6
 

「ユングはパラノ フロイトはスキゾかな」
 

「ユングはこれだけの創造的な仕事をしなかったら分裂病になっていただろうと自分でゆうてます フロイトは慢性的に抑鬱状態で 神経衰弱気味です」
 

「そこで母性的な支えだけではなくアニマ的な支えも必要だったとゆうわけだ」
 

「そこなんですが フロイトは寧ろ同性愛を納得できるとゆいます なぜなら男は自分と同じチンコを持っていますから だからそこが自己愛の対象なんです」
 

「結局 男が女に惚れ込めるのは男と同じチンコがあると錯覚するからだ なんてのはそのもう一つ向こうの母性とゆう存在が出てこんのよ とくにゲーテを例にとってリビドー的な結合をゆうが そこには憎しみや恨みはない」
 

「ところで ユングのおじいさんはゲーテの隠し子ではないかとゆう説があります まーユングのおかんもヘンコな人 母親でありアニマでもあった むしろおとんが頼りなかった ここも違う所です」
 

「フロイトのおとんはとゆうと厳然とした存在で フロイトは後妻の子どもだがもっとも大事にされたとゆう そのためか亡くなったショックは大きかったらしい」
 

3-6
 

「嵆君 君は刻を操れると思っているのかね」
 

「時間を操ろうとは思ってないですよ 時の移ろいは承知していますから」
 

「確かに君は冷静で 冷徹ではなく 自己を客観視できるとオモコしているようだが 自己犠牲はある意味で自己満足なのである」
 

第3日 Götterdämmerung 第三幕
 

いよいよグランドフィナーレ そしてラグナロク
ワーグナーはこの四部作全ての完成に26年の歳月をかけた


全曲初演は1876年8月13日
・序夜 『ラインの黄金』(Das Rheingold)
・第1日 『ワルキューレ』(Die Walküre)
・第2日 『ジークフリート』(Siegfried)
・第3日 『神々の黄昏』(Götterdämmerung)※本章
【序幕】ジークフリートがブリュンヒルデに指輪を渡し 山を下りて世間へと旅たつ
【第1幕】ハーゲンがジークフリートに「忘れ薬」を飲ませる 記憶をなくしたジークフリートはブリュンヒルデから指輪を奪う
【第2幕】裏切られたと勘違いしたブリュンヒルデはハーゲンに「ジークフリートは背中に弱点がある」と教えてしまう
【第3幕】ハーゲンがジークフリートを殺す 事情をすべて理解したブリュンヒルデは指輪を奪い返し"ジークフリートへの愛を歌いながら"炎の中へ身を投げる
指輪はラインの底に戻り 呪いは解ける
神々が炎で包まれる中で幕

 

・・・
 

とゆうこのタイムラインをどう分岐するかについてまとめる
 

3ー0
 

「嵆君 ここで7についての予備質問
Hexadecimal における Prime number で
B(Brünhilde) に対する Sexy primes は何か

繰り上がるまでの組み合わせとしては Natural number で (5, 11)と (7, 13)のふたつであるから 5が相当する
ここで7がL(Loneliness)であるとゆうなら(※7を逆に見るとLである)
同じようにLと診られるBとDの扱いをどうするかとゆうと

その前に Binary と Hexadecimal および ASCII で診れば


5→101 ※5 EOT
7→111 ※7 ACK
10→1010 ※A TAB
11→1011 ※B LF
13→1101 ※D FF
14→1110 ※E CR
15→1111 ※F SO

 

ちなみに
24→11000 ※17 ETB
35→100011 ※22 " 

 

つぎに Duodenary での Decimal との
差分ファイルはAとBである Dはない

ここで共通するBを除くとAが残る
これをモナドとすれば

AはEを作る
これが
Ask と Embla であって
Adam と Eve である


でわ話を L に戻すと
Lylith もあるが
Lを Loneliness とは読まずに
もっと良い語句があるではないか

 

別のタイムライン(例えば古事記)での
Aの余りをEの足らない部分に挿し塞ぎ国を産むとゆう考え方は
最初の問いかけに問題があった

 

まず10であるAを Binary によって
ひたすら2で除すると
10÷2=5 5÷2=2と ここであまり1がでる
このあまりを
Eである 1110 に挿れると
1111であるFが完成し 繰り上がる

 

Love であり
Fuck である

 

2022年1月現在発見されている最も大きいsexy prime tripletsは Ken Davis によって発見された11,593桁の数である ※最小は(7, 13, 19)
そのsexy prime tripletsを (p, p + 6, p + 12) とすると p は
p = (117924851 × 587502 × 9001# × (587502 × 9001# + 1) + 210) × (587502 × 9001# − 1) / 35 + 5
で与えられる ここで 9001# は素数階乗

 

ミミズ天使とゆう短編がFBrownにある
anglewormを誤植する話だが ここでもキーはEである
また111は天使であり7はヘブンに通じる
そして否定を食べる

2ー7
 

「とゆうことで7から少し脱線しましたが 次のところはユダヤとナチズムを飛ばしてLGBTです」
 

「前項でフロイトは同性愛を肯定としたがユングはどう思ってんの」
 

「ユングは男性の同性愛を嫌ったとゆわれています ただユング派となると色々ありまして 同性愛は治さなくても良いとゆいながら自慰を罪悪視したりします アーキタイプとして自慰の一人二役はアンドロギュノスのような全体的なシンボルともゆうシトもある」
 

「無意識の創造性ではそれはフロイトにはない」
 

「開業医としての方法論の違いですかね」

 

2ー8
 

「次いで 生死の命題だが フロイトの論理は基本的に克服であって 晩年の自分の闘病生活でも宗教とかに走らんのよ」
 

「死の本能の着想のときに娘さんのゾフィーがちょうど亡くなって それとは関係なく考えたことにしてくれと つまり宗教じゃないとゆいたいんですね」
 

「悲しみを抑圧はしないが 学問的に結びつけていくこともない」
 

「ユングのばわい 例えば奥さんの死をすごく悲しみますが 夢に出てきてその存在は続いているとゆう これは幻想を現実とゆうようなもんですから フロイト におこらえます オカルトはやめぃっ と」
 

「フロイトにかかったら宗教もマルキシズムも願望の産物だとゆうからな マルキが水に浮くとまではゆうとらんが」
「その点ユングの方が 死後の世界とか再生とかが実際にあるんじゃなくて心理学的に存在するからその意味を追求する とゆうんですけど」

 

2ー9
 

「教授 そろそろ寝る時間でございます 結論はまだ出ていませんが」
 

「そうだな 次のページはまたどこかにあるだろう まずは御社口を閉じる
 

D.C

3ー7
 

「死生観は簡単に考察はできない 嵆君はブリュンヒルデの冥府への旅をどう見たのか」
 

「私は知らなかっただけです 分岐であったことも だからその間違いを治そうと」
 

「オモコはどちらにもあったのだな Lのカードを逆位に引いてはいかん その前後にあるものを信じれば良いだけだ ルーレットのコインで繋いでも 骰子一擲なのだから」

 

3ー8
 

「ローゲ あなたは誰の味方をしているのか」
 

「私は誰の味方でも誰の敵でもない トリックスターは狂言回し 諸刃の剣とは活人剣なのか殺人剣なのか  バカとハサミは怖いよう ちゃうわ 嵆君の逸物は飾りかね ノートウングや草薙剣とは違うのか それとも」

 

3ー9
 

「それはグラーネが知っていると思うのです 勿論そこは冥府ではない だからそこへ赴けば きっと

3ー00
 

Segno きっと
 

「25時でありDecimalの繰り上がりがDuodenaryとの狭間に位置する時間帯です Innere Stadtがメビウスの輪となりコーヒーカップはクラインの壺になります 二つのゼロはハウスナンバーでもある
 

カンパニュラの花にミルクをスロンする時は来るだろうか サンジョルディの日はどうなる?

 D.S

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ヘカテの思意 しょの参の第一部 目隠しのクピド篇 予告


クピドとは
ローマ神話の女神ウェヌスの息子で、愛欲を象徴する。ラテン語のcupidoは「欲情」を意味し、ギリシアの恋の神エロス(ラテン語訳名アモルAmor=愛)と同一神。英語ではキューピッド。しばしば翼の生えた子供の姿で描かれるが、ローマのウェルギリウスの叙事詩『アエネイス』では、英雄アエネアスへの恋情を芽生えさせるために女王ディドのもとに遣わされたクピドは、英雄の息子アスカニウスの姿であった。またアプレイウスの『黄金のロバ』では、美しい青年の姿で登場し、ウェヌスをしのぐといわれた美女プシケと波瀾に満ちた恋に落ちる。
でこのクピドがなして目隠しをしているのかとゆうと

「ハカセ 相変わらず三部作に拘ってますが 厩戸皇子とワグナーにいったい何の関係があるんか オチはちゃんと考えてるんでスカー」


「なんぢゃユング君 わしは昨日ワクチン三部作をクリヤして 今日は一日ねまくり千代子したところでエネルギー充填120%である」


「はいはい 私はユング博士ではありませんよ パラノでもないしスキゾでもないただの町人ラクタです」


「おらはスキものだー ちゃうわ まーよい 次のネタを考えよう」


「まだ考えてないんでスカー そろそろ25時が近づいてますけろも」


「せやな わしは一日寝過ぎてやね 頭の中の頭がすかっ          
と ナンモないわ わはは

「とりま ネタを考える間になんぞ使えそうなやつを貼り付けておきたまへ ユング君」


「だから私はユングではないって えーっと ログ掘ってみますね これとかどないだ」


2019.05.07
美しく青き国から帰ってきた軽茶 しょの2
真夜中のシュテファン寺院の鐘は諸行無常の響であった
軽茶はホテルの前でシケモクを漁るばるぼらを見たのだ
「おい君!                   」
「                   なぁに?」
「良かったらこのタバコやるよ 日本のタバコだけど」
「この矢印マークはクピドの矢だとでも云うのかしら」
「それより 君の名前はジュスティーヌじゃないかな」
「違うわ あたしの名前はゾフィー あンた変な奴ね」
「君もちょっと変だと思うけど ヤサはどこなんだい」
「ヘレンガッセ通りのオテル・ド・フランセの近くよ」
「それがもし1920年のウィーンだったら面白いんだが」
「ついてくる? なら面白いお店を紹介してあげるわ」
「・・・                    」
「ここよカフェ・ラントマン たぶん今あたしの・・」
「待ってくれ もう真夜中だぜ 店は終わりのはずだ」
「インネレシュタットの外側にはリング部分があって」
「ああ 市内中心部の周りにある環状道路のことかな」
「歩き方では好きな時間に行けるメビウスリングなの」
「それで今日は25時までやってるゆうんじゃないだろ」
「SF読み過ぎじゃない 今日は週末の金曜だからよ」
「なんてことだ ひょっとしてここにいるとゆうのは」
「そうジークムント・フロイトよ そして今は1920年」
「ゾフィーってもし本当にフロイト先生の娘さんなら」
「知ってるのね この年あたしは死んじゃったのよさ」
「しかもこの年のフロイト先生はぼくとほぼ同い年か」
「あははは あンたの顎髭は父に似ていなくもないわ」
「ぼくはそのためにグレイベアドにしたんじゃない・・

https://www.youtube.com/watch?v=QT9t6DXLL2s

第一部 目隠しのクピド C0 "Somnambul"


「ハカセ てゆかー こんだわフロイトになりきるつもりでスカー」


「今までの経緯からゆうとそやな 別にフロイト研究家ではないが 衒学趣味的偏執狂には必要経費だ ロイド眼鏡はどっかにあるはず 懐中時計は前にスチームパンクで分解してもたから新たに探す 葉巻はあるし あと顎髭を蓄える必要があるな」


「はいはい とゆうことはやっぱり私はユング役をするんでスカー」


「それはどっちゃでもよい 進行上のシステムはテキトーに考える」


「前回はBGM音楽主体だったので 今回は主に文献主体でスカー」


「とうぶんは資料収集のために わしは隠る」
「さぼりたいだけでしょ ホンマにエネルギー充填したんでスカー」


「ちゃう クランケをほうっておくわけにはゆかんのだ わしはフロイトではないがBJだからなピノコ」

ザビーナはユングとの子どもにジークフリートと名前をつけようとしていた

目隠しのクピド C1 "Regression"


「度々引き合いに出している紀元前8世紀のヘシオドスの『神統記』はギリシャ神話における創世神話として広く受け入れられたもの その中でもガイアとタルタロスのつぎに現れるのが他ならぬエロスである 世界各地の神話でも共通するこの手の神は 最初期に登場する神々が交合することによって生み出されるものだからだ」


「ハカセ 勉強してきました キューピッドはクピドの英語読みで アモールとも呼ばれイタリヤでは今も愛を意味します もともとはエロスのこと エロチシズムの語源だからヤらしいことを想像するのはしもげているとハカセならゆうでしょう 本来は万物の誕生に決定的な働きをする重要な神ですね オルペウス派がゆうパネスも同一 で このエロスはもともとは霊的な存在で下記コメントのようなベビーギャングではなかった なんでかとゆいますと」

目隠しのクピド C2 "Trauma"


フロイトはパニック障害だった これは幼少期の広場恐怖症つまり一人取り残されることへの恐れに起因する 待ち合わせなどではいつも1時間ほども前から着いていたとゆう 大学の頃から酷くなり父をなくして最悪となる この障害のさなか38歳時(1894年)に「神経衰弱症から、ある極立ったまとまりを持つ症候群を分離する根拠―――不安神経症」という論文を著している この論文によって世界で初めて現代に通じる「不安(Anxiety)」「神経症(Neurosis)」とゆう概念が提示された フロイトは自己自身の症状と実際に治療した十数例の症例から特徴的な共通した10症状を取り上げそれが「不安」に基づいた症状であることを分析し「不安神経症」と命名した 画期的な業績とゆえる


「ハカセ 何処ど ぐわい わるい ですか」


「交感神経が優位になっとるだけとちゃうけ」

 

「あンたの理論では自分で克服するんでしょ」

 

「寝ればな

 

「ほけど いつ 寝てんの

 

目隠しのクピド C3 "Totem und Tabu"

 

フロイトは芸術愛好家だった しかしそれは快楽を生み出す白昼夢と等価であると見做す 例えば宗教は人間の未熟な心理の外界への投影 つまり幻想にすぎず 一種の集団的な強迫神経症 Obsessive-compulsive disorder (その根底にあるのは父なる神に対するエディプス・コンプレクスである)とみる宗教論を展開している

 

「ほな続きですけど クピドが幼児のイメージになったのはアフロディテつまりウェヌスが登場してからで その従者から息子へと変化します 立場が変化するにつれてエロスのイメージも変わるわけですね プラトンのシュンポシオンでもエロスが神々の最年長者かと議論されていますけど 女神の息子とゆうことは早くから男性的なものであったとゆえます」

 

「を この状況下でよく勉強したな わしはまだ回復しておらんので テレマカス

 

目隠しのクピド C4 "Hysterie"

 

パラノとスキゾの問題 これはフロイトよりも後のジル・ドゥルーズ(1925-1995)とフェリックス・ガタリ(1930-1992)の共著「アンチ・オイディプス」(1972)のなかで用いられた 「パラノ」はパラノイア=偏執型 「スキゾ」とはスキゾフレニア=分裂型である
で 何に偏執もしくは分裂するのかとゆうと アイデンチチである 数学的にゆえばパラノは積分でスキゾは微分である ある起点を基にして 整合的に拡げていく構造が「ツリー」=パラノ 無秩序に拡散していく様相が「リゾーム」=スキゾ
そこに 留まるか 逃げるか の違いでもある

 

「続きます クピド(キューピッド)とゆえばあの弓矢ですね これがどっから来たのかとゆうともともとウェヌス(ビーナス)からもろたもんやとゆいます 愛の指示を出すのはあくまで女神で つまりクピドは実行班なわけ ところが2世紀のアプレイウスの『黄金の驢馬』で事件が起きます」

 

「女神であるウェヌスは自分がいっちゃんかえらしと思てたから 自分より上とゆわれた人間の女プシュケをしょもない男とくっつけようとクピドに命じて恋の矢を撃ってこいとゆうた一件ね ところがまちごてクピドは自分を撃ってしまい クピドとプシュケがそうゆう関係なってまう物語なワケだ」

 

「はい この話はまだ先がありますけど マー眼が覚めてからとゆうことで


目隠しのクピド C5 "Katharsis" und "Verdrängung"

 

クピド(エロス)のおかんがウェヌス(アプロディテ)だとすればおとんは誰かとゆうと マルス(アレス)である ※最初のものはローマ神話名 カッコ内はギリシャ神話名
神話では与えられたミッションを英雄がクリヤする例は多いが女性が主人公であるばわいはスケナイ プシュケはその内のひとつ
プシュケとクピドはいったん引き離されるが クピドを追って長い旅(ウェヌスの試練)は続いた その課程で冥界のプロセルピナに貰った開けてはならない箱を開けたため眠り続けることになった それを再び目覚めさせたのはクピドである(前出の像)
プシュケとは英語ではサイキだが ギリシャ語で「息」の意味 そこから「魂」を意味するようになり この物語は「魂が愛を求める」メタファとなった

 

「さてまだお目覚めではありませんが 最初の疑問 なして目隠しのクピドなのか 目隠しをするとその矢はどこへ飛んでいくかわからんし 当たった者に芽生えた恋は制御できない つまり『恋は盲目』とゆうことです でも盲目のクピドは罰を受けます(マルスにお尻をムチでぺんぺんされる)が 『肉体的な愛を否定する』とゆう意味になっています もちろんこれは中世末期のキリスト教的倫理感でギリシャ時代にはなかったですからね 今回はちょっと違う解釈をしよう とゆうことでしょハカセ」

 

「えー まだこれイントロやったん 長っ

 

ヘカテの思意 しょの参の第二部 危険なメゾン C12 予告

 

時計坂の手前にそのメゾンがあった 嵆は長いあいだその存在を知らなかった いやタイミングの問題だったとゆうことだ もしそれを知っていたらまた別のタイムラインが分岐しただろう そこはもう無いのだ

アスク・シュピールラインは1864年12月25日ワルシャワのユダヤ人大工ヨセフの孫として生まれた この姓はイディッシュ語でフェアプレイを意味するレイネスシュピールとゆう言葉に由来する 彼が物心ついた頃 放蕩だったアスクの父はまだ家にいたがいつの日にか出奔した アスク自身は聡明で父の従兄である画家の叔父の才能を受け継いだか芸術的才能に秀でていた
しかしそれが開花するのはずっと後のことであった
エムブラ・リュブリンスカヤは18764月23日エカテリーノスラーフ在住の建築家タグ・モルデハイ・リュブリンスキーの孫として生まれた エムブラの父についてはよくわかっていない 彼女も聡明で美人であったため多くの男性に求婚されたが 彼女の最初のそして本当の恋はそのときかなわなかった
しかしそれが結実するのはずっと後のことであった
目隠しのクピドの悪戯ではなく この二人の間には娘があったのだ
その名をマリア・ニコラエヴナとゆう

 

以下 目覚めの方舟を待ってその箱を開ける

 

危険なメゾン C12-1

カール・グスタフ・ユングは
1875年:スイス、トゥールガウ州ボーデン湖畔のケスヴィルでプロテスタント牧師の家に生まれる。少年期は己の内面に深い注意が向けられ、善と悪、神と人間についての思索に没頭する。「生涯忘れられない夢」を1900年に見たとされる。

 

1886年、バーゼルの上級ギナジウムへ通う。かつて言語を研究していた父にラテン語の準備をしてもらってから入学した。この時期に内なる性格としての「NO.2」が現れる。またバーゼル大聖堂に神が排泄する夢を見る。更に母親の示唆によって『ファウスト』が必読書となる。また『ファウスト』は後々に衝動や無意識の認識の意味をテーマに扱ったと述べている。

 

1895年バーゼル大学医学部に入学。学生時代はゲーテ、カントやニーチェの著作に感銘を受け、後の心理学者としての著作に、ゲーテの『ファウスト』やニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』への言及も多くみられる。内的な基盤を持たない形式的な信仰というものに疑問を感じ、牧師という職を継ぐことを特には望まず、同名の祖父と同じ名門バーゼル大学で医学を、特にクラフト=エビングの影響で精神医学を学んだ。この同名の祖父には、ゲーテの私生児だと言う伝説があった。

 

1899年10月国家試験に備えるためにリヒアルト・フォン・クラフト=エービングの精神医学の教科書(1890)を読んで、「自然と精神の衝突が出来事になる場所」「対立し合うものの合一」としての精神医学から衝撃を受ける。当時絶望の場として認識していたJにとって「人格の病」と捉え「妄想観念や幻覚が精神病に特有の症状であるだけでなく、人間的な意味をもっているということを示すことであった」という部分に意味を見出したようだ。

 

1902年にブロイラーの勧めで、学位論文を書き、霊媒現象を考察した「いわゆるオカルト現象の心理と病理 (Zur Psychologie und Pathologie sogenannter occulter Phänomene)」を執筆。「E・ブロイラー教授閣下の承認を得て」と書かれていて、周りはオカルト的側面を批判する人もいたらしい一方、ブロイラー教授は彼のその側面を認めていたと言われる。また「遺伝的負因者における夢遊病の一症例」、「ブルクヘルツリ病院の第一助手」という記述もある。

 

1905年、言語連想法の研究から認められ、医長になり、精神医学の教授の資格をとり、さらにチューリッヒ大学の私講師になる。1906年「早発性痴呆の心理」、1908年に「精神病の内容」と題された論文を発表。1909年には、大学を離れて個人開業を開始する。
・・・

 

遥かな時空を超えて ここに
嵆の最初のクランケが奇しくも
マリア・ニコラエヴナだったのだ
しかしそのときちょうど

 

初診:Depressed state
光トポグラフィー検査
クロチアゼパム(リーゼ錠)5mg 2T*14D

 

危険なメゾン c12-2

 

1989年春 嵆そのとき35歳は臨床研修医としてローゲ教授のもとに研究を手伝っていた

 

「君が見たその夢とゆうのを説明してくれないかね」

 

「それは 馬が綱で吊るされた夢でした それが突然綱が切れて地面に落ちる 馬は無傷で立ち上がり走り去るが 丸太を引いているので遅い さらに子馬に乗った騎手が前を走るので遅くなる またさらに馬車も現れて歩みは遅くなるばかり とゆうね」

 

「馬車は君自身 君の大望が妨げられるとゆうこと」

 

「足を引っ張る騎手とは子供のことでしょうね その時私は会の役員をしていて毎日会議で忙しい日が続いていたのです ずっと子供ができなかったからある意味では身軽だった でも将来子供が出来ることで制限がかかるだろうとゆう懸念です」

 

「わしも六児の父だからな 経済的にも厳しくなる
 で その丸太だがペニスの表象とゆうこともある」

 

「妊娠への恐れは性の抑圧につながります」

 

「患者にならこう言う 馬の歩みを妨げる要素とは
 つまるところ荒れ狂う性欲望を抑える意思だとね」

 

「まともすぎる解釈で面白くないです教授」

 

「それは自分が案外まともだとゆうことではないか
 なら君には患者をひとり診てもらおう 良いかね
 今日はもう真夜中だから また明日とゆうことに」

 

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「嵆君 昨日の処方は効いたのかね」

 

「さほど だからこんな時間に彷徨って

 

「倍量にしたところで同じだろうな」

 

「でも良いですが次はデパスにしますか

 

「そうゆう問題でないんじゃないか」

 

「いちばん効くのが何かは知ってますよ

 

「宿題の方はいつできあがるのかね」

 

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Numinöse

・・・意志という恣意的な働きによって引き起こしえない力動的な作用もしくは効果である。逆に、ヌミノースは、人間という主体を捉え、コントロールする。つまり、人間がそれを創り出すというよりも、つねにその犠牲になっているといえる。ヌミノースは、その作用の源泉がいかなるものであろうと、主体の意志にかかわりなく生じる経験である。

 

・・・ヌミノースは目に見える対象に帰属しうる性質でもあれば、目に見えない何ものかの現前がもたらす影響でもあり、意識の得意な変容を引き起こす。
一方でフロイトは ウール・ファンタジーとゆう言葉を使う ゆわばオモコのようなもの 原空想である ユングから取り入れたものではあるがあくまでも 自我や超自我またエス以上のものとして扱ってはいない
この議論は彼等の往復書簡に何度も出てきている

 

・・・
嵆が担当となったクランケは確かに病名のつけようがなかった いままでにどの医者も対応できなかった 判子を押したような検査の上で様子を見ましょう である
それでは治らないとゆうことだ

 

危険なメゾン C12-5

 

Anima und Animus

 

ユング心理学では「男性性」と「女性性」が重要なテーマになっている それは「異性に何を求めるか」ということにも関係している ユングがこのような心理学理論を考えるに至った背景には自身の父親の存在がある
父親であるパウル・ユングはプロテスタント教会の牧師で、言語学の博士の学位を持つ人物 さらに祖父はバーゼル大学の医学部教授で総長を務めたことのある人物であった かなりアカデミックな家系に育ったとゆえる しかもこの祖父は ゲーテの私生児だったという噂もあった フリーメーソンという秘密結社の中心的メンバーだったという説もあり色々と謎の多い人物であったようだ

 

父親に対して抱いた不信感:
ユングが残した記述によれば父親は「たいてい機嫌が悪く慢性的にイライラしていた」人物だった その背景には「学問の道を諦めて牧師になった」という挫折感が見え隠れする 幼い頃から知的好奇心が旺盛だったユングは キリスト教の三位一体(神・イエスキリスト・聖霊)の意味について詳しく説明して欲しいとねだったが 父親は「とにかくそうなっているんだ」という曖昧な回答しかくれなかった 聖餐式についても同様で 葡萄酒とイエスの血として飲んだり パンをイエスの身体として食べたりすることにどんな意味があるのか父親に尋ねたが 満足な答えをもらえなかった この当時からユングは父親に対して不信感を募らせていった 人々を教え導く役割があるハズの牧師が自分の息子1人納得させられないというのはちょっと頼りない 息子の目には「お父さんはいやいや牧師をやっているんじゃないか」という風に映ってしまったのではないか 解決されなかった疑問「父親も、母方の祖父もプロテスタントの牧師」という家庭に育ったユングは幼い頃からキリスト教や「神」というものに様々な疑問を感じていたのである ユングを生涯に渡って苦しめた「神がいるのにどうしてこの世はこれほどまでに恐ろしいことや悲惨なことで満ちているのか」という疑問について全く答えてくれなかったのだ やがてユングは「父は神の存在を直接体験したことがないのだ」と見抜き そんな父親に対して失望し 不満や怒り哀れみまで感じるようになっていく 

 

自分にとって本当の意味で「父親」と思える人はいないとまで思っていた だからこそフロイトとの出会いは衝撃的だったわけだ 実の父親が答えをくれなかった疑問をフロイトは解決してくれる!…そんな期待感があったのだ

 

・・・

 

そのクランケもその行動の裏に見え隠れするあるもの(シャドー)があった そしてそれを複雑化した理由がわからなかった 連想検査をしてみると 家族に関する項目に時間がかかっている
「ウィーン」「箱」「お金」「子供」「家族」「性」「壁」「若い」「尋ねる」「キャップ」「頑固」「後悔」「名声」「離婚」
など

 

「あなたのお父様については?」

 

「わかりません知らないのです」

 

「その話題はいやでしょうか?」

 

「いやではないです   ただ

 

・・・

 

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übertragen

 

転移とは
クライエントが過去に重要な他者(両親など)との間で生じさせた欲求 感情 葛藤 対人関係パターンなどを別の者(多くの場合は治療者)に対して向ける非現実的態度を転移と呼ぶ

 

 

「先生 あたし気が狂ってはいないわ
 今日は治療よりなにか歌でも歌って」

 

「それで好転反応になるなら

 

・・

 

あわせた胸のあいだに夜を落として
Our set are Mnemosyne hiding the night down
帰らない My lover's eyes
Calling back, My lover’s eyes
見放すように 消えてく 君の足音
Me lost yr steps fading as the dice thrown
夜明けまで 数えて
Yr ache counted again till dawn
忘れてたときめきの 代わりに見た夢も
Wash my crush instead dream of rain
ひとりきり 抱きしめて 眠れないのさ
Tea tree cures for too hot to sleep with pain
You were mine 思い出の中に君を
You were mine, in my memories refrain
このまま You were mine
Come to me, You were mine
閉じこめられない


Told thy Can’t make it surrounded
はずれた胸のダーツが愛を曇らせ
Has my heart comes off love clouded
隠してた My lover's eyes
Kick out hidden My lover’s eye
見つめることに疲れた 君の横顔 暗闇に踊るよ
Mute the stare of yr face and dance in the dark
君はもう君だけの夢を見るのだろう
You may dream of yourself wit the tongues of lark
この手より優しいもの 探しながら
Seeking new tender more than my mark
You were mine この瞳とじた世界
You were mine, come back to real
今では You were mine
I hav now gotcha, You were mine
君だけのために
Key might have closed yr eyes to feel

 

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und Gegenübertragung

 

逆転移とは
前項に対して生ずる治療者の無意識的な反応をゆう

 

 

ローゲ教授は葉巻に火をつけながらこうゆう

 

「君が必要以上にクライエントに深入りすることは好ましくないね それは逆転移だ」

 

「しかし教授 私の療法は確かに教授とはある意味で正反対の理論かも知れません これは不定愁訴ではないのです 明らかに何がしかの臨床症状があります 様子を見ましょうとゆう言葉は慰めにはならない プラセボにエビデンスはありますが ムンテラだけで治そうとしているのでもないのです」

 

「それが行きすぎではないことを祈るよ 相手が望んでいるとは限らないから」

 

「何か魔法の言葉はありますか」

 

「だいじょうぶです だ あとは 信じること 君もね」

 

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嵆はローゲ教授に呼び出された

 

「わしを批判するとは君も偉くなったものだね 神秘主義にせよ」

 

「教授に逆らうつもりはなくて ぼくの考えを実践してるだけで」

 

「まずエスに片寄りがある 欲望を調整するエゴも勘違いしとる」

 

「ぼくは内向で思考型のタイプです 机上の空論だとしてもです」

 

「人間の行動には全て心理的な裏付けがある 無意識の影響だよ」

 

「エゴもスーパーエゴも無意識の表れですか 普遍的無意識では」

 

「エゴはエスに対抗して変形させる スーパーエゴは個人差だが」

 

「個性化の過程として自己実現のための必要不可欠な過程ですよ」

 

「信ずることは大事だ 患者の状況を君は把握しているつもりか」

 

そこへ一人の男が入ってきた AA博士だった

 

「失礼ながら私が教授の考えと違う所は 人は原因によって行動するのではなく 現在の目的によって行動しているとゆうこと 問題はトラウマがひきおこしたのではなく トラウマのせいにしているだけです 課題の分離をしないと嵆博士もそうなりますよ」

 

「もう既になってます この一週間ぼくがどんな状態だったか

 

・・・

 

「当たり前のことを当たり前のように受け取ること」

 

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1900年のパリ万博は、19世紀を締めくくり、20世紀への展望を示す、パリ万博史上最大の規模の博覧会となった。1889年の万博会場に加え、セーヌ川右岸、ヴァンセンヌの森も会場とされた。シャンゼリゼに新たにグラン・パレとプチ・パレが建設され、セーヌ川対岸のアンヴァリッドとの間は壮麗なアレクサンドル三世橋でつながれた。

 

 

アスク・シュピールラインがエムブラ・リュブリンスカヤに出会ったのもその街であった 最初はすれ違っただけであったが 運命の糸はその時繋がった アスク35歳 エムブラ24歳であった しかしその出逢いは続かず二人は生き別れる そして実に24年後に二人は偶然再会した
エムブラはアスクに伝えた
「お話しすることがあります 実はあのとき貴方様の子供を身籠ったのです そのため私は姿を隠した なぜなら

 

 

ダンテが「神曲」を書き始めたのは1307年頃だが「神曲」でダンテが暗い森に迷い込んで地獄に入ったのは西暦1300年の聖金曜日(復活祭直前の金曜日)で人生半ばの35歳の時である

 

 

「1989年のデザイン博覧会を覚えているかね」

 

「はい 観たかったのですが時間が合わずに行けませんでした」

 

「違う この最初の分岐では君は行ったのだ ある人物と共に そのとき君たちは結ばれて 時空を超えてできた娘がこのクランケなのだ 彼女は君が父親であることは知らないがね」

 

「ええっ それを知ってしまうことは私の治療に差し障ります」

 

危険なメゾン C12-A

 

エドワルドムンク(1863-194)は『叫び』で有名なノルウェーの画家だ 40代に相当重い Schizophrenie にかかり それ以前と以降では作風ががらりと変わった すなわち前は非常に暗い絵が多かったのに治ってからは明るい絵になった ところが暗い絵もまた一方で描いている これをどう見るかがポイントなのだ
キーは彼にとっての「父性」と「母性」である

 

 

「でわこのクランケについてディスカッションしてみよう」

 

危険なメゾン C12-B

 

覚醒を待たずにここまでを公開したことはやむを得ないことであった このままでは自分自身がSchizophreniaになってしまうからだ かろうじて自我意識が崩壊する前にこれを記しておこう 理由が何であれ いつかわかる日が来るだろうから

 

ムンクの『声』の絵に描かれている逆向きのこけしのようなものがいったい何なのかとゆうことだ

「叫びは外から聞こえるものではなくて内から聞こえてくるもの つまり幻聴です 幻視も含めて分裂病の前兆 それを表しているのが『声』ですがどこにも声らしいものはありません この少女の目は外骨のように黒い しかし普通の状態ではないことは逆向きのこけしが表しているのです これは何か
そこで『叫び』の場所とはノルウェーのオースゴールストランとゆう街ですが フィヨルドに立ってわかったことは 太陽が沈むときにその影がまるで一本の柱のように水面に映るのです こけしはその象徴です
こうゆう女性像を心の中に持ちながら治療に当たることは困難です そこで私は

 

「ムンクが入院中にも絵を描いていたようですが 退院後オスロ大学が新しい講堂を建てその壁画の一般公募に彼は当選した それが『アウラ装飾』の作品群です ここに彼の心の中の変化が見られます
 それは「太陽」です 心理学的には子供は太陽の絵をよく描くが大人はあまり描かない 例外的に分裂病患者は成人でも描いています 描き方は病状によって違う
 分裂病の初期には沈む太陽を描くことが多い ひどいときは真昼の頂上に描きその太陽と自分を同一化している 快癒期になると向こうの方に見える太陽を描く つまり自分とは別のものだとゆう認識が出てくるわけです

「オスロー大学講堂の一番奥にあるのが『太陽』側壁には『アルマ・マーテル』(※ローマ神話のケレスのこと)入り口には『泉』また『新しい光』『歴史』等が並ぶ」

 

「『泉』は錬金術的テーマですが永遠の命の水として 愛を持って希望を持って人生を生きていこう とゆう意図がくみ取れます 『新しい光』(左)もそうです」

 

「『歴史』 これがなぜ歴史なのでしょうか
つまりこれは 父性 なのです それには構成力が必要であり人生をまとめ上げる力でもあります それまでのムンクの絵にこれはなかった しかし人間の心の中にはもともと父性が本能的 元形的なものとしてあるからです これが甦ったとゆうことではないかとゆうことです」

 

先の絵に戻ると

 

右側の絵は『化学』 よく見ると男女が何かを混ぜ合わせてそこからホムンクルス つまり赤ちゃんが誕生している ゲーテにもあるが これこそ今回の解ではないだろうか

ローゲ教授はだまって聞いていたが 新しい葉巻に火をつけてこう言った

 

「嵆博士 君のリサーチには敬服する 今の精神状態でその分析はかなり苦労したと思われるが そこでどうするつもりなのかね」

 

「ヘカテに拘って月ばかり見ていたのは間違っていたかも知れません 今はただ待つだけです 太陽の絵でも描きながら

 

 

 

ヘカテの思意 しょの参の第三部 毛皮のヴィーナス 予告

ヨハンネス・クリュソストムス・ウォルフガングス・テオフィルス・モザルト つまりヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは1756年1月27日ザルツブルクで誕生 父は哲学から音楽家に転向したレオパルト 母はアナマリア 幼少期から神童と呼ばれて音楽教育を受ける 6歳のときウィーンのシェーンブルク宮殿で演奏中に転びそのとき手をとってくれたマリア(のちのマリーアントワネット)に大きくなったら結婚しようと言った 7歳のときには彼の演奏を聴いたゲーテが 絵画のラファエロ 文学のシェイクスピアに並ぶと驚嘆した 21歳の時マンハイムで従姉妹のマリア(上記マリーではない)と恋仲になり初体験 1781年にはウィーンに移りコンスタンツェ(世界三大悪妻の一人 あと二人はソクラテスのザンチッペ トルストイのソフィア)と26歳で結婚 フィガロの結婚や魔笛などの五大オペラを始め ミサ曲 レクイエム 交響曲 協奏曲 セレナーデ(アイネクライネナハトムジーク)など数々の名作を産む しかし宮廷楽長サリエリとの確執など色々あって 35歳の若さで没した 死因はリューマチ
彼は優秀な音楽家であるが 実生活は変態で猥談を好み 精神医学的に珍奇な行動はサヴァン症候群であり分裂病である


以下次回

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毛皮のヴィーナス M1 アマデウス

既出だが
天才モーツァルトはフリーメイソンだ
映画『アマデウス』でもわかるように 肉体的には美童に描かれているものの実際の容姿には諸説ある(チビで肥満とか) 精神医学的には 珍奇な行動はサヴァン症候群(知的障害や発達障害等のある者の内ごく特定分野に限って優れた能力を発揮する者の症状)によるものとゆう説もある でわホンマにアタマがかぶいていたかとゆうと ドストエフスキーやアインシュタインなどのように分裂病気質である もともとは哲学者を目指したようだが 『俺の尻をなめろ』(K.231、K.233)というカノンや「ベーズレ書簡」のごとくたんなるスカトロ下ネタ大好きの変態で 実際に「(前略)そうだウンコだ。俺は変態だ!」とゆう記述がある


「今回はローゲ教授と嵆博士に代わって私が診察しましょう アルフレート・アドラーと申します AAとよんでください」

 

「AA博士とゆうことは またいつものAAやるんでスカー」

 

「それはまーなりゆきですけど 観客が不在なのでして」

 

毛皮のヴィーナス M2 K. 620

1791年
旅一座のオーナーであるシカネーダーは当時仕事がなく困っておりモーツァルトに大作を依頼した ちょうど妻コンスタンツェがボーデンに湯治に出かけていて一人だったモーツァルトにあづまやを提供して製作に没頭させる
それが彼の生涯最後のオペラ『魔笛』である


あらすじ
【時と場所】 
古代、エジプト
【登場人物】
タミーノ(T): 王子
パミーナ(S): 夜の女王の娘
パパゲーノ(Br): 鳥刺し
パパゲーナ(S): パパゲーノの恋人
夜の女王(S): 世界征服を狙う女王
ザラストロ(Bs): 大祭司
ほか

 

【第1幕】

時は古代、舞台はエジプトで架空の世界。王子タミーノは岩山で大蛇に襲われ気を失いますが、「夜の女王」配下の3人の侍女達が彼を助けます。それなのに、鳥の狩猟中にたまたま通りかかったパパゲーノが、助けてやったのは自分だと嘘を付きました。パパゲーノは侍女達によって、口に錠を掛けられてしまいます。
王子タミーノは、侍女達から女王の娘パミーナの絵姿を見せられ一目惚れします。女王は、悪人ザラストロに捕らえられた娘を救い出してくれれば、娘を王子に与えると約束しました。王子は侍女達から「魔法の笛」を受け取り、ザラストロの神殿に行くことにします。一方、口の錠前を外してもらえたパパゲーノも成り行きで王子について行くことになり、「魔法の鈴」を受け取りました。
ザラストロの神殿で離ればなれになってしまった王子タミーノとお供のパパゲーノ。パパゲーノが先にパミーナを見つけました。その後、魔法の笛と鈴の力で導き合ったタミーノとパミーナは、ザラストロの前でついに対面。お互いを運命の人だと思います。
実はザラストロは悪人ではなく偉大な祭司で、世界征服を企む夜の女王の邪悪な野望の犠牲とならないようにパミーナを保護していたのでした。

 

【第2幕】
ザラストロはタミーノに、パミーナを得るための試練を授けます。ついでにパパゲーノも恋人を得るために試練を受けることになりました。まずは「沈黙」の試練。沈黙するタミーノに、事情を知らないパミーナは深く悲しみますが、立派に耐え抜きます。次の「火」の試練、「水」の試練は、タミーノとパミーナの二人で「魔法の笛」の力を借りて乗り越えました。
一方のパパゲーノはというと、辛抱するのは大嫌いで、試練から脱落してしまいます。それでも「魔法の鈴」の力を借りて、とうとう若い娘パパゲー“ナ”と出会い、恋人になりました。
さて、こうなってしまっては夜の女王も黙っていられません。侍女達とともに、自らザラストロの神殿に侵入を試みます。しかし、雷に打たれ闇夜に落ちていきました。
ザラストロは試練に打ち勝ったタミーノ、パミーナたちを祝福して、太陽神の子オリシスとイシスを讃えたのでした。

「第三部はまだ始まったばかりで時間はたっぷりございます このアルフレートAが貴方様の治療を担当いたしましょう それは ユナニでもアーユルヴェーダでも漢方でもなく そもそも薬など必要ありません 宗教も またフリーメイソンが悪いわけでもない どうか私にお任せください なんなら私が歌いましょうか 宿題のあれはもうお聴きになりましたね

 

背信期の処方箋A1

 

信用するのではなく信頼するのです 信頼とは裏付けも担保もなく相手を信じること 裏切られる可能性があっても相手を信じるのです


毛皮のヴィーナス M3 サプリメンタル
 

すこしまた整理する

 

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(ドイツ語:Wolfgang Amadeus Mozart、1756年1月27日 - 1791年12月5日)
マリア・アンナ・テークラ( Maria Anna Thekla Mozart
1758 - 1841)モーツアルトの従妹 初体験の相手
マリア・アンナ・モーツァルト(Maria Anna Walburga Ignatia Mozart, 1751年7月30日 - 1829年10月29日)は、愛称ナンネルまたはナンネルル(Nannerl、現代ドイツ語の発音は/ˈnanɐl/ナナール) で知られる、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの実姉
コンスタンツェ・モーツァルト(Constanze Mozart, 1762年1月5日 - 1842年3月6日)は、オーストリアの作曲家、モーツァルトの妻。作曲家カール・マリア・フォン・ヴェーバーの23歳上の従姉
アントニオ・サリエリ(Antonio Salieri [anˈtɔːnjo saˈljɛːri]、1750年8月18日 - 1825年5月7日)
フランツ・リスト(ドイツ語: Franz Liszt)、もしくはリスト・フェレンツ(ハンガリー語: Liszt Ferenc、1811年10月22日 - 1886年7月31日)
ヴィルヘルム・リヒャルト・ワーグナー(Wilhelm Richard Wagner, ドイツ語: [ˈʁɪçaʁt ˈvaːɡnɐ]、1813年5月22日 - 1883年2月13日)
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(独: Ludwig van Beethoven、標準ドイツ語ではルートヴィヒ・ファン・ベートホーフェンに近い、1770年12月16日頃 - 1827年3月26日)
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe、1749年8月28日 - 1832年3月22日)
彼等はほぼ同時代人である 注目すべきはリスト(モーツアルト没後に生まれているが)
彼はサリエリの弟子 1823年に老ベートーヴェンにも面会している その他ベルリオーズ ショパン シューマンらとも親交が深い ピアニストとしては当時のアイドル的存在 女性ファンの失神が続出したとの逸話も残る また多くの女性と恋愛関係を結んだ 特にマリー・ダグー伯爵夫人(後にダニエル・ステルンのペンネームで作家としても活動した)と恋に落ち 1835年にスイスへ逃避行の後約10年間の同棲生活を送る 2人の間には3人の子供が産まれ その内の1人が後に指揮者ハンス・フォン・ビューローのさらにリヒャルト・ワーグナーの妻になるコジマ

 

 

「さてリストはまた後述するとして 前出の『魔笛』ですが 前半と後半は話が合わず雰囲気も違います しいてゆうと前半はメルヘン 後半はフリーメイソンです これは本当に一貫性がないのでしょうか 後半つまり第二幕における重要なポイントは3つの試練です 沈黙の試練 火の試練 水の試練 そして魔法の笛です この矛盾とも言えるところは心理学的には嵆博士の仰るように 無意識の深い意味が隠されているとゆうことですね ぢつわこのオペラには深い意味が隠されていてどんでん返しがあるのです」

 


処方箋A2
人の心理は物理学と違う 問題の原因を指摘しても勇気を奪うだけ 解決法と可能性に集中すべきだ


毛皮のヴィーナス M4 沈黙の試練

1787年春 綻びのあるガウンを着たモーツァルトはスクリーンを何度もリロードした いたづらにカウントを増やしながら3の倍数の手前で逡巡する
「同じことだ」
彼はディベルティメントK522のアレグロを聴きながら急に立ち上がる コンスタンツェが持ってきた鳥籠の中の椋鳥の亡骸を見つめてK453のロンド主題を口笛で吹いた
「ここに眠るは愛しの阿呆
 それは一羽のムクドリ君
 まだまだ壮年だったのに
 早くも死にゆく苦しみに
 見舞われしとは哀れなり」
シュメルツ(苦しみ)テルツ(三度)ネルツ(毛皮)・・
他になにか脚韻があるだろうか
按摩がメルトするからアンメルツとか
ギョェテに加えたK476はどうだ
毛皮のヴィーナスは
Oh Vernachlässigtes Spiel zu Herz

 

 

また一人の男が加わる

 

「アルフレートA博士はフロイディアンでいらっさるから 今度はユンギアンの私エーリッヒNが嵆博士に加勢しましょう シカネーダーの表象をひっくり返すモーツァルトの深層ですね メルヘンでは女王は善で魔法使いは悪でしょう また男女の愛の進行は王子が姫を救うわけです ところがモーツァルトはこれを逆転させた 夜の女王とザラストロは一つの人格ではない つまりパトリズムとマトリズムの対立と超越です ま簡単にゆうとグレイトマザーの変容 もちろんそれはアモールとプシュケーにも繋がるわけで 今回の思意であるヘカテにも」


処方箋N3

 

無意識は男性であれ女性の心理であれ〈女性的〉で意識は男女を問わず〈男性的〉である

 

毛皮のヴィーナス M5 火の試練

ベートーヴェンとショパンを同時にうまく弾けるピヤニストはいない 異なる魂を同時に併せ持つことができないからだ モーツァルトでは一つの曲の中でそれが起こる トラは突然コメになり 楽章ごとに長調と短調がコロコロ変わる 天国と地獄を行き来するカメレオンである ギョェテも当惑したが 享楽のロココからロマンになってより深くより強く内面の葛藤を意識するようになった… わけではないのだ 特に道徳において

 

221はこう描いた


「モーツァルトの父の友人にシャハトナーとゆうバイオリン奏者がいた このひとの持っているバイオリンはバターでできていたため 次第に溶けて他のバイオリンより八分の1音だけ低くなってしまった シャハトナーは仕方なくトランペット奏者になった このシャハトナーがある時モーツァルトの前でトランペットを吹いた モーツァルトは驚いて死んだ しかしすぐ生き返った(中略)モーツァルトは右手で第二バイオリンを弾き左手で第一バイオリンを弾きしかもペンツェルの作曲した六曲を全部同時に弾いた」

 

幼い頃のモーツァルトがトランペットを怖がったとゆうのは実話だが6歳くらいには曲芸プレイ(目隠しとか)ができていたようだ

 

 

「私も加えて欲しいとお達しがありまして 依頼主はいま不在ですが」

 

とまた一人の男が割り込む

 

「エーリッヒN博士と違って 私はエーリックFと呼んで欲しい いちおうフロイディアンですが 教授のミソジニーには反対の立場でございます 神経症や権威主義やサディズム・マゾヒズムは人間性が開花されないときに起こるもので これは倫理的な破綻です 教授の御理論は大戦前と後では矛盾があります それは

 

処方箋F4
幸福は徳の証である

 

毛皮のヴィーナス M6 水の試練

『魔笛』に戻る 第一幕がメルヘン的とゆうのはユング心理学なら神話的とゆうこと 第二幕はフリーメイソン的である フリーメイソンは今ではオカルトではないが もともとは秘教の流れもあり錬金術的なシンボル体系を持ち 例えば太陽のシンボルはザラストロの胸に付いている また3を神聖な数字として ダイナミックな男性を表す 他にも夜の女王の三人の侍女や 光の国の三つの神殿 ザラストロの三人の童子 そして三つの試練である さらにこの曲は三つのフラット 変ホ長調なのだ 序曲は三回のジャーンで始まる

 

 

「序曲のあとはまず英雄が女性に恋をする これは神話のお約束ですね 嵆博士 肖像を見ただけで恋に落ちるようなパミーナはアニマです ところがパミーナは拐われる これも神話ならデメテル=コレーのようなもの つまりペルセポネですね コレーとは処女 乙女のギリシャ語ですから 永遠の乙女は自分からは男性と結びつけない だからハデスに冥界に拐われる このばわいハデスは悪者ですが 魔笛においては夜の女王側の見方ではなくて 実はザラストロはパミーナの父の盟友だった 実際に拐うのはザラストロの影のモノスタートス そしてあわや手篭めにとゆうときにパパゲーノのグロッケンシュピールの音で助けられます ここには悪者と良い者の複雑な構造は隠れているわけで ユング的には不整合ではないのでしょう 嵆博士」

 

「私はユンギアンではないです ただ今回はその役のような展開なだけで ちょっと違うんです

 

処方箋F5
自分に与えなければならない課題とは安心感を抱くことではなく 不安定な状況にも耐えられるようになることである


毛皮のヴィーナス M7 魔法の笛1

タミーノがパミーナ救出に向かうとき夜の女王は強力な武器を与える ギリシャ神話でゆえば ペルセウスがメドゥーサ退治に行くときにアテナから四つの武器を与えられたようなものである これは隠れ頭巾と盾と空飛ぶサンダルとずだ袋だった
同じようにタミーノがもらったものは『魔笛』である もとのドイツ語は Die Zauberflöte つまり Zauber(魔法)flöte(フルート)
さて夜の女王は「悪者」だったのか ならなぜそんなものを与えるのか しかも最期はその笛で自分がやられてしまう この謎はその魔法の笛を作ったのはパミーナの父であったとゆうこと そして夜の女王はそれを知っていて 三人の侍女に持たせて自分のためには使われない仕掛けを隠していたとゆうことだが
ユング心理学ではアーキタイプとして「アニマが英雄を助ける」とゆうのがフツー それが太母的な夜の女王が またそれは女王の夫が作った物で そこでここのポイントは実はパミーナがタミーノを助ける構造になっていて アドバイスをするのはパミーナの方なのである これはいったいどうゆうことか
さらに女王はタミーノにパパゲーノとゆうお伴をつける マこれはあんまり役に立たなかったが ひとつだけ もらった武器「グロッケンシュピール」とゆう鐘もしくは鈴であったこれが功を奏する パパゲーノはダメ人間だが モーツアルトもシカネーダーもこの自然児が大好きなのである

 

 

「エーリクFです 嵆博士は今なにか行き詰まっていますか けしてそこから逃げてはいないと思いますが 逃避のメカニズムについて少し補足しておきましょう 逃避は孤立化した人間の不安定性に由来します 個人に与えられていた第一次的な絆がひとたび断ち切れると そして個人が彼の外に完全に分離した全体としての世界と直面すると 無力感と孤独感の耐えがたい状態に打ち克つために2つの道が開かれます
 ひとつは積極的自由へと進む道 愛情と仕事に於いて 感情的感覚的および知的な能力の純粋な表現に於いて これは自発的に自身を世界に結びつけます
 もうひとつは後退して自由を捨てること つまり自我と世界の間の分裂を消滅させることによって孤独感に打ち克とうとするわけですが これは自身を世界に結びつけるとしても元通りにはならない 分離しているとゆう事実はいごかないからです これでは根本的に解決はせず 神経症的現象を引き起こすだけになるでしょう」

 

「Wissen Sie, wie schmerzhaft die “Prüfung des Schweigens“ ist?」

処方箋F6
創造力を得るには確かなことを手放す勇気が必要である


毛皮のヴィーナスM8 魔法の笛2

夜の女王とは何者か 
娘のパミーナを閉じ込める 感情的で激情的 感情の過多は自我の形成の邪魔となる Zorn 激怒 Rache 復讐などとゆうテキストが出てくる しかしこんな悪者なのに良いこともする それが前出の魔法の笛だ こうゆうパタンはユング心理学ではメフィストフェレス的とゆう 悪を欲して善をなす存在だ ただファウストではメフィストフェレスの罠は上手く行くが魂は取れず天国に召される で 夜の女王もそうだとすると 良い役もしたのにユング的には救われない結果となるのだ

 

 

「もう少し続けますね 次は能動と受動について かのマルクスも愛についてはひとつの能動と語っています 我々が能動的であるのはたいてい刺激や状況に対しての反作用するばわいです まーパヴロフの犬ではないですが 今日の行動心理学ではこの過程が研究されています 次に外力にかりたてられることについては 躁状態の酔っ払いを見ればわかります 外力(アルコール)に駆り立てられた能動は基本的には受動なのです
情熱 Leidenschaft は苦しみ Leiden と関連していて相反する価値判断を含みます 妬み Eiferschaft は苦しみ Leiden を生み出す schafft ものを熱意 Eifer をもって求める sucht ことであり このような例は他にもあるのです
これらの反作用を調べて処方を出すことは計算できる科学ですが 人間的ではありません」

処方箋F7
一人でいられる能力こそ愛する能力の前提条件である


毛皮のヴィーナス M9 魔法の笛3

次に示すのは タミーノとパミーナが試練を受ける「光の国」についてである そこは男性ザラストロが支配するフリーメイソン的な国 胸につけているのは七重の太陽の印 これはパミーナの父から受け継いだものだった つまり『魔笛』のテーマはフリーメイソンにおける「父性」なのだ そしてこの七重の太陽とゆう概念はゾロアスター教に由来する ニーチェのツァラトゥストラもそうである 7がどうゆう数字であるかは既に述べた
ところが『魔笛』はさらにそれをも超えるのである
それは
「イシス・ウント・オシリス」とザラストロが歌う部分だ この意味は

 

 

「そろそろ交代したい博士がもうシトリお待ちなのですが 私エーリクFが嵆博士に提示すべきことがもうシトツあります 人間がある生理的欲求に従って機能する機械だとゆう考えは広く知られていることですが 欲求には例えば 飢え 渇き 睡眠 性欲 など多くのものがあり それらが満たされないと神経症になったり死ぬことさえあります もしもそれらが満たされたら全てが上手く行くように思えますが そうではないのです 生理的 生物的欲求が全て満たされれていながら 全体的人間として満たされていないとゆうことがあり得ます 必要なものは手にしているのに自分自身と調和して生きることができず 内的な重病にかかっている状態 それが何かはご存じですね 嵆博士」

処方箋F8
愛においては 二人が一人になりしかも二人でありつづけるというパラドックスが起きる

 

毛皮のヴィーナス MA 

承前 イシスとオシリスつまり女神と男神を讃える歌とゆうのは「男性性と女性性の結合」とゆうことだ この二神は死と再生を繰り返す夫婦である
これが最も表されているのが最後のクライマックス タミーノの参入儀礼である三つの試練だ すなわち 沈黙の試練 火の試練 水の試練 この三つに合格しないといけないわけだ 特に沈黙の試練はどんなイニシエーションにもつきもので 仏教にもある 意志の強さを試すもの そして『魔笛』がどうなったかは周知の如くだ
しかしここで終わればでめたしでめたしのところ オペラはまだ続くのである それはパパゲーノのエピソード パパパだ この楽屋落ちのような部分と さらに夜の女王が最後にどうなるかとゆうところ ここは大団円とはゆえ ユング心理学からすれば不満は残る


「私をお呼びかな それにしてもフロイト博士 ユング博士 アドラー博士 ノイマン博士 フロム博士と 錚々たるお歴々の中に まー最年長とはゆえ このリヒャルト・フライヘル・フォン・クラフト=エビングをお招き頂いたのは そもそもこの三部作の主題のためだったのだろう そしてこの三年間のな しかしまだ時間はある 25時とゆうこの刻の狭間でどうしてそう急ぐのかね 嵆君 私の本当の出番は実はまだなのだ だからできれば宿題である君の考察をお伺いしたいのだがね そしてなぜヘカテの思意なのかを」

 

「流石にお見通しでございますね この刻の狭間はまだもう一度あります 私にはまだ準備することがあるのです 『クピド』も『ムンク』も『魔笛』もひとつのスタディであり これら一連の諸先生方のディスカッションによって ケモもリサーチ力も使わず ただ待つことをようやく自覚したところです
 どうか今しばらくのご猶予を」
 

・・

2B Continued

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