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GAME 5

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 小ネタでホイはテケストのアホー巻きである

承前

 

トリビヤをゆうなら
恵方巻とはセブンイレブンが平成10年頃に考えた名前である
古文献にはそうゆうゆい方はない

今日は越南の地は旧正月だ
こちらでは既に立春も終わったが

 

さて 拙文^^に豆をまくのはなぜか

鬼が豆を嫌うからではない
陰気の鬼(丑寅・艮)を退治させる魔滅の意味合いもあるが
豆とは丸くて硬いところから「金気」の象徴である

ぢつわ「豆をいぢめる」とゆうことなのだ
「金気」を滅する「火気」で豆を炒ること
「木気」の新春を助けるための呪術である

 

とゆうところで今週はもう少し陰陽五行について整理する

 

 

 

ステージ243→1

 

北の水門から 西の金門 そして南の火門を経て
東夷の木門に還ってきたぼくは下図にあるような相生の向きではなく
反生の向きに廻っていたことになる

とゆうことは金剋木は通用しないのだ
金気の申はゼロでもある

 
以下次回

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 小ネタでホイはテケストのダギンブンブトマトである

承前

 

十干十二支とは


十干は甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の10種類からなり
十二支は子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の12種類から
これらを合わせて干支と呼ぶ。
十干十二支は戦国時代に作られた陰陽五行説よりもはるかに古い起源をもつので、陰陽五行説による説明は後付けであって学問的な意味はない。

 
日本ではえとを十二支のみのこととするバワイが多いが
十干の干は幹 十二支の支は枝 つまり幹と枝の関係だ
本来はこの組み合わせのことであり二重の意味で間違い

十干は五気の陰陽で成り立っている
十二支は古代中国では当時発見されていた木星火星土星金星水星の五つの惑星のうち
もっとも尊いとされていた木星(歳星)の運行によるものだ

 

つまり十二支は方角と時間を表すものである
真北は子であり真南は午つまり子午線である
「子」の刻とは真夜中 お昼は正「午」なのである

組み合わせでは昨日は(初)庚申の日であった
庚申にまつわるネタもあるがまたいずれ取り上げる

また越南の十二支は
子・「水牛」・寅・「猫」・辰・巳・午・「山羊」・申・酉・戌・「豚」
この由来は省略するので各自ぐーぐるぐれぐろ

 
ところで東西南北の四正に対して
北東の丑寅を艮 南東の辰巳を巽 南西の未申を坤 北西の戌亥を乾とゆう
乾坤とは天と地 陽と陰 天地の間 人間の住むところの意味である

世に巽さんと乾さんはいるが
艮さんまたは坤さんはまずいない
丑寅は鬼門 未申は裏鬼門だから そうゆう縁起の良くない名前はないのだろう

 
この対角線の四隅はなんなのかとゆうと
季節を動かす部分 節分つまり土用のことである
五行の図では 土気は中心にあるが
ものの始めと終わりにあるものは真ん中なのである
順番としては 木火土金(ごん)水
一週間の月火水木金土とは違う

 
古代中国哲学では 淮南子が
原初唯一絶対の存在を「混沌」易では対極とした
この混沌から陽の気が点となり陰の気が地となる
この陰陽の二元は互いに交合して5つの気を成す

木気 春 東 緑または青(中国) →青春 青龍

火気 夏 南 赤 →朱夏 朱雀

金気 秋 西 白 →白秋 白虎

水気 冬 北 黒 →玄冬 玄武

土気 土用 中央 黄 →人

 

 

 

ステージ3 朱雀門の変 補足

 

四神のうちで「朱雀」はなぜ 弱々しいスズメなのか
なして強そうなフェニックスやガルーダではないのか

鍵はその雀色(赤と黒の混合色)である

 

消長の卦によれば
子は全陰の「亥」を受けてはじめて一陽の萌すところ
午は全陽の「巳」を受けてはじめて一陰の萌すところ

それゆえに子の象徴である玄武は
陰であり女性原理の亀と陽であり男性原理の蛇の混在
最も重要な方角の守り神だ

 

これに対し午も
陽と火(赤)陰と水(黒)の混在を見る
したがってこの雀は鳥にも置き換えられ
天武晩年の年号「朱鳥(あかみどり」などにも通ずる

五行の分類では火の色は赤であり その本性は炎上
上方志向は蝶や鳥に共通し 羽類は火に還元される
その中で一物にして陰陽を兼ねる赤黒混在の雀が
少なる隹(とり)として矮小ながら代表したのだ

 
そこにまたなぜ金気の申がうろちょろしていたのか

 

一方
ゼロ学ではインドシナ半島は辰巳の要素
とくに越南(ベトナム)は 巳 である

東方のことを 夷 とゆう
夷 とは根本のことである

 

つまり
どこを中心に考えているのかである
なんせてきらは中華思想なのだから

 

顔回は孔丘の代わりに蓬莱を目指し若狭湾に漂着し琵琶湖に到る
そこでオモイカネに出会い亀石に記された武王再来の碑文を見る

武王とはタケルノオオキミであった

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 小ネタでホイはテケストのダマサンコロンである

 

承前

 

日常生活で「現象」をゆうとき
文字通り「顕現した象(かたち)」の背後に
「隠された実在」とゆうものがある

 

古代中国哲学では宇宙の実体を陰陽の二気からなる一元の対極として捉え
陰陽二気は交感して木火土金水の五気を生じる
この五気は本来人間の五感では捉えられぬ気である

その気が発して有形無形の「象」をなすときはじめてわかる

 

木 曲直 生気と外向の象
火 炎上 上方志向の象
土 稼穡 播種と収穫・中和の象
金 従革 殺気と内向の象
水 潤下 下方志向の象

 

これが五気の本性で
上下 内外 中和 など これらはすなわち「動き」なのだ

 

 

 

ステージ4 白虎門の変 補足

 

平安京エイリアンの四神相応では 山陽道であり嵐山である

朱雀門から相生で戻るため ここは紅白で考えてみる
なにしろ火気を金気に反剋されてしまっては困るのだ

赤とアスラのフュージョンは ゆわば赤と黒であった
垢と風呂を書いたのは スタンダールいしいひさいち

 

この地で赤とゆえば
そう達磨大師である
ダルマさんは なぜ 赤いのか

禅宗の開祖であり 達磨大師は南インド香至国の第三王子であった
在家のウチに仏理に通じ 大乗禅を究め 中国に渡り教科を目指す

 

武帝との対話

 

武帝問うて曰く「朕即位して已来、寺を造り、経を写し、僧(僧伽、教団)を度すこと、勝(あげ)て紀す可からず(数え切れないほどである)。何の功徳有りや」
師曰く「並びに功徳無し」
帝曰く「何を以て功徳無しや」
師曰く「此れ但だ人天(人間界・天上界)の小果にして有漏の因なり(煩悩の因を作っているだけだ)。影の形に随うが如く有と雖も実には非ず」
帝曰く「如何が是れ真の功徳なるや」
答曰く「浄智は妙円にして、体自ずから空寂なり。是の如き功徳は世を以て(この世界では)求まらず」
帝又問う「如何が是れ聖諦の第一義なるや」
師曰く「廓然(がらんとして)無聖なり」
帝曰く「朕に対する者は誰ぞ」
師曰く「識らず(認識できぬ・・・空だから)」
帝、領悟せず。師、機の契(かな)はぬを知り

 

ここに意思疎通はなかった

達磨はその後9年にわたり壁とにらめっこする

 
禅とは 示 と 単 と書く
要するに文字に頼らぬ心の修行なのだ

 

 ぼくには三日坊主にもならんとオモ

 

梵語においては 禅は 静慮
定 三昧 定法 心の絶対境

面壁九年の9とは 陽の極数であると同時に

火の生数2と同じく火の成数7を合わせた数

 

達磨大師のふたつの大德

 

ひとつは 火の作用で重要な五行配当の「視」だ
その作用の元は達磨の特色である巨大な目である

 

もうひとつは 火剋金によるところの「言語剋殺」
五行配当では「言」は金気で九はこれを封殺する

火とゆう文字は説文によれば炎上を象る象形文字
下方が大きく上方はとがっている三角形とゆえる
今の達磨さんは丸っこいが元々は三角形であったのだ

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 小ネタでホイはテケストのアヤムリチャリチャである

承前

 

五行基礎知識の整理

五事とは 人間にまつわる5つの大事

「貌」→「木」に配当 形のこと 五気のうちで唯一形のあるものである
「視」→「火」に配当 熱だけでなく光も含むからである
「思」→「土」に配当 土気は中央であり人間では腹を意味する
「言」→「金」に配当 「兌」とゆう卦の象は上部が凹んでいてこれを口とみる
「聴」→「水」に配当 聞こえるではなく意識して聴くこと

 

例えば金気を見ると 秋 西 白であり 言と白が結びつけば
白状 告白 自白 敬白 などの熟語が生まれる

土気の 思うとゆう働きも 胸ではなく腹にあるとゆうのは
腹の底を割って話すとか 腹の底がわからないとか 腹黒いなどとゆう

 
五常とは 人の履み行うべき道徳
日本では仁義礼智信 五行では仁礼信義智の順

「仁」→木気 仁は二人が一つとゆうこと 仲良くするには互いに他の生命や存在を大事にすることで 生命があるのは木だけ
「礼」→火気 礼儀正しさは生き方もはっきりしているとゆうこと 明瞭なものとゆう意味で配当されている
「信」→土気 まこと 中華思想では文字通り真ん中を大切にし人間の徳とするが 昨今の某国はわがまえなだけである
「義」→金気 堅いとゆうこと 良い面と悪い面の両方がある いくさは義によって起こる意味で武器刀など
「智」→水気 知的な人とはどこか冷たいものである

 
五虫とは 特に虫ではなく生き物

「鱗」→木気 魚類 爬虫類
「羽」→火気 鳥類 蝶類
「倮族」→土気
「毛」→金気 毛ものつまり獣
「介」→水気 貝類

倮族とは鱗もない羽もない毛もない貝殻をしょっていない つまり人間のこと
土気とは大地の象徴であり 光や雨も天からの恵みで本来は何もない 恵みを受けてものを生み出すところに無限の可能性を持つ それが人間

 
相生とは

木生火 木をこすり合わせれば火が出る
火生土 人間の母・人間の祖は火である 女陰は「火処(ホト)」
土生金 金属は土中から発掘される
金生水 火にあえば液状化し 冷えれば結露を生む
水生木 水が木を育むのはわかりやすいたとえ

 

相剋とは

木剋土 木は根を張り土を締め付ける
土剋水 土は水をせき止める
水剋火 水は火を消す
火剋金 火は金属を溶かす
金剋木 金属は木を切る

つまりこれは じゃんけん的五すくみ状態である
相生・相剋は日本の多くの祭事や神話に見られる

 
 

 

ステージ5 番外変 桃太郎電鉄と正月

 

なぜ お伴はサル・キジ・イヌなのか きび団子の意味は

 
土生金 である

 

古代中国では桃は邪悪を祓う呪物 金果

ゆえに桃太郎は金太郎ではないが金気である ぽきん
鬼は 丑寅であり 牛の角と虎の褌を持っているよね

その反対の方角が 申・酉・戌 なのである
きび団子は 黄色であり 土気の配当である
金気の動物は土気によって勇気百倍するのだ

 
もうシトツ
羽つきはなぜ正月にのみ行われるか

 

木気の新年を金気に邪魔されないようにとゆうこと
酉は金気でありこれも金剋木の表現である
正月の行事としては 鳥追いや餅犬もある
中国には正月に戌を磔にする風習もあった

 
さて前項で達磨さんの目についてふれたが

ダルマさんのにらめっこの要素とは
にらむこと と 笑う(口を開けたらダメ)である

正月=木気のはじめ 火気のはじめ
目 =火気
口 =金気

 

これこそ 目を見開き口を閉じる とゆう火剋金の相剋なのだ

この裏付けについては

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 小ネタでホイはテケストのマグロマルである

承前

 

陰陽五行にはもう一つ重要な理論がある

 


三合の理

 三合は、古代中国で生まれ、600年代に朝鮮半島を経由し我が国へ導入された陰陽五行思想のなかの方術のひとつである。十二支の特定の3つの支が合することにより、1つの強い気に変化するというもので、ここから三合という名称が生まれたと考えられる。「三合」は、十二支の3つの支で構成され、生まれる「生」、活動の時期を過ごす「旺」、死ぬ「墓」、という「生旺墓」の順路をたどり、3支が手を結ぶ(合する)ことにより、1つの強い旺気となる。
三合には、十二支のほかに五行や方位、十干、八卦もあてられる。
たとえば、木気三合の場合、五行の木は卯であり、季節は春、方位は東を表す。しかしこれが4つめの未(季節は夏、方位は南方)、さらに4つめの亥(季節は冬、方位は北方)と季節や方位も違うもの同士が結び合うことにより、3つの支すべてが旺である木気に変化するというものである。

つまり 木気は広く植物一般を指し
春の木気は寅卯辰の三ヶ月でこれは短期的に見たものだが
三合で見れば亥の月(旧10月)は五穀をはじむ農作物の神が
次いで旺の正位となる卯の月(旧2月)を経て
未の月(旧6月)に終わる稲の神送り(サノボリ)となることだ
(下図)

 

萌しがあって 旺んになって 終わる 人生の三拍子である

 
淮南子の天文訓では 基本は四つ

凡そ日は 甲は剛 乙は柔 丙は剛 丁は柔 以て癸に到る

木は亥に生じ 卯に壮に 未に死す 三辰は皆木也
火は寅に生じ 午に壮に 戌に死す 三辰は皆火也
金は巳に生じ 酉に壮に 丑に死す 三辰は皆金也
水は申に生じ 子に壮に 辰に死す 三辰は皆水也

故に五勝は一に生じ 五に壮に 九に終う

 
実は土にも三合はある

また卵の三合とゆうものもあり
十二支で卵から生まれるものとは 巳と酉ともうシトツは?

 

 

 
ステージ6 四神相応の変

 

四神相応の図が描かれていた高松塚古墳ともうシトツあるキトラ古墳は
「キトラ」は「北浦」の転訛といわれ 黄色の寅や鬼寅ではないようだ
ここの四神は青龍と白虎はどちらも右向きでそれぞれ南北を向いている
中国ではこれとは異なり白虎も青龍も南壁の朱雀の方を向いているのだ

かつて小ネタで書いたこともあるが 怪獣とはたいてい南方から現れる
 
青龍 朱雀 白虎 玄武 の四神相応をさらに配当すると

 

その昔「ゴジラ対メカゴジラ」が
白虎対青龍とサブタイトルがつけられていたことがある

しかしゴジラは白虎だろうか
荒ぶる神としてのスサノオ(対八岐大蛇)とゆう別解釈もある
それはまた後述するとして

バラゴンを白虎に見立てる解釈はあった
青龍の方はむしろキングギドラとみるほうが近いだろう

ゴジラに対しての護国聖獣としてモスラ ギドラ バラゴンを当てたのが
「ゴジラ・モスラ・キングギドラ大怪獣総攻撃」だ
しかしもともとギドラてのは十河先生の発案でやね

 

ちゃうわ

 

キングギドラは金星を一夜で滅ぼした宇宙怪獣です
もっとゆうならモスラも護国聖獣(国産)ではない

当初これはバラン バラゴン アンギラスの予定で
まーそれでは地味すぎるのではないかとこうなった
バラゴンが残ったのは既に着ぐるみができてたため

おまけにこの金子映画は轟天号まで出るはずだった
あの海竜マンダが巻き付く神宮寺大佐の海底軍艦ね
それが怨念ゴジラになったのは川本三郎のせいだよ

もっと以前には「三大怪獣・地球最大の決戦」とゆうのがあってやね
これはゴジラ ラドン モスラが力を合わせてキングギドラと戦う話

 

だからそうじゃなくって「大怪獣総攻撃」の方では

護国聖獣を
西の白虎=バラゴン(新潟出身) ただし火を吐く
南の朱雀=イリスではなくモスラ(鹿児島で孵化)
東の青龍=ギドラ(富士の樹海で蘇った)と来れば

北の玄武は当然 ガメラ とゆうことになるんだが
ダイエーからトーホーに移籍したわけだしいずれは

なんせスーパーマンとバットマンとか
エイリアンとプレデターが闘うくらいだから ねぇ

 

ちなみに 卵で生まれるもうシトツとは
巳と酉の三合の位置からは丑となるのだが
ゼロ学では 丑 を 亀 と観るのである


 へ へ
 ら ら
  も 
  へ 
 ↓
 小ネタでホイはテケストの福笑いである

 
「ハカセっ福笑いより今週のオチはできてるんでスカー」
「なんのことぢゃな」
「こないだからひつこく続いてる奴です」
「あーね今日は土曜日だから土気でいくかと」
「それがオチですかっ」
「ちゃうわっまだ遠大な計画があるのぢゃ」
「ほたらまたどっか行くんですね」
「しかし今週の天候がモシトツ思わしくなかったので」
「天候と関係有るんでスカイ」
「ナニが待ってるかはわからん」
「炒ってみないとですね」
「とりま資料を作成しておきたまへ」
「へいへい」

  ・
 ─ 
  人
  人

 


   
 小ネタでホイはテケストのアルタ・カーマ・ダルマである

 

さて三合の中で残っているもの
それは 土気の三合である

 

土は午に生じ 戌に旺んに 寅に死す 三辰は皆土也

これは
火は寅に生じ 午に旺んに 戌に死す 三辰は皆火也
とは干支は同じだが順番が異なっている

 

なぜか

 

土気とは人間のことである
火生土 の理で 火は人間の母(火処・ホト)である
火が死ぬところで土気の人間は栄えるとゆうことだ

さてダルマとは 法 でもあるのだが

インド哲学では
空は自立しておらず空じるとゆう思推もしくは行為である
次いで基体(ダルミン)と属性(ダルマ)を一対としてとらえる
紙とゆう基体に赤とゆう属性などを考えてみれば良い

 

達磨大師とはまた違う話である
赤色 三角 巨大な目 物言わぬ口

 
五行と四大についてはすでに述べた

今回特に火大の具象化としての火天に特化したのは

常時火中に存在
全身深紅
三点の灰の標識
右手に水瓶
左手に三角の印の棒持
青羊上の座位

 

くりかえすが注目すべきは三つ目以下で
火が燃えて灰になるのは火生土ですでに述べた
次の火と水は正反対であるのになぜ水瓶を持っているかは
陽は陰に生じ陰は陽に生ずるからである

 

次の三角は炎の象 五臓でゆえば 心 である
青羊とは火気方局 巳(生)午(旺)未(墓)
木気三合の 亥(生)卯(旺)未(墓)(青色
よって青羊とは木気の終わり
木生火で火の母は木気 母の死ぬところに子は生まれる
したがって青羊の上に座るは正当の火とゆうことだ

達磨大師はまさに深遠にして難解な真理の体得者なのだ

 
今回は火剋金の行脚として
記紀垂仁伝のホムツワケ伝説などのためにここに来たわけではない
にらめっこはもう終わりだ

たしかに偶然ではあるが熱田神宮の火の助けはもらった
辰は振う陽気は動く雷はきらめき振動し草木は伸張する
ほんとうの目的はこれから

 

 

 

ステージ0 

 

赤とアスラがフュージョンするもの
 

ハリハラをめざす
 

それは土気の聖獣である麒麟が導く

 

雷はなぜへそを狙うのか

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