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​続・テキストアートの真理 4

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2019

今年は プラハとウィーンに空白の旅をしてきた

ご存じ荒巻義雄である

 

折しも 行きの機内で観た映画「ミッドナイトインパリ」の如く 良き時代へのタイムスリップとなるだろうと思った
そこでぼくが出会ったのは
アドリアナではなく・・・

 
真夜中のシュテファン寺院の鐘は諸行無常の響であった
軽茶はホテルの前でシケモクを漁るばるぼらを見たのだ


「おい君!                   」
「                   なぁに?」
「良かったらこのタバコやるよ 日本のタバコだけど」
「この矢印マークはクピドの矢だとでも云うのかしら」
「それより 君の名前はジュスティーヌじゃないかな」
「違うわ あたしの名前はゾフィー あンた変な奴ね」
「君もちょっと変だと思うけど ヤサはどこなんだい」
「ヘレンガッセ通りのオテル・ド・フランセの近くよ」
「それがもし1920年のウィーンだったら面白いんだが」
「ついてくる? なら面白いお店を紹介してあげるわ」
「・・・                    」
「ここよカフェ・ラントマン たぶん今あたしの・・」
「待ってくれ もう真夜中だぜ 店は終わりのはずだ」
「インネレシュタットの外側にはリング部分があって」
「ああ 市内中心部の周りにある環状道路のことかな」
「歩き方では好きな時間に行けるメビウスリングなの」
「それで今日は25時までやってるゆうんじゃないだろ」
「SF読み過ぎじゃない 今日は週末の金曜だからよ」
「なんてことだ ひょっとしてここにいるとゆうのは」
「そうジークムント・フロイトよ そして今は1920年」
「ゾフィーってもし本当にフロイト先生の娘さんなら」
「知ってるのね この年あたしは死んじゃったのよさ」
「しかもこの年のフロイト先生はぼくとほぼ同い年か」
「あははは あンたの顎髭は父に似ていなくもないわ」
「ぼくはそのためにグレイベアドにしたんじゃない・・

 

 

●●

而してそのカフェ・ラントマンの奥席に彼は座っていた
しかつめらしい顔で葉巻を咥えながら書き物をしていた


「先生 ちょっとよろしいでしょうか」
「なにかね? 君は東洋人のようだが」
「日本人です 常々 先生の診察を受けたいと思っていまして たいしたほどではないのですけれど 最近ちょっと自分が双極性障害ではないかと」
「そんな用語は初耳だな 君は脳科学について何か知見があるのか 自己診断は感心しないぞ」
「いえ しょむないネタを集めているウチに自分がホンマにアホになったりバカになったりしてしまうのです」
「ふむ どうやらスキゾでもパラノでもないようだが アホとバカの違いとは何かのトラウマかね」
「後の世にPTSDとも呼ばれるようなものは特にないんです 幼児体験も記憶にありません」
「後の世? PTSD? そんな言葉も知らんぞ わしは英語は嫌いぢゃ それに記憶にないなど 忘れるとゆうことは忘れたいと云うことだ」
「先生は確か10年ほど前に渡米されていたはずですが アメリカ嫌いは向こうで盲腸になったからではありませんか」
「Blinddarmentzündung とゆいたまえ あれが盲腸だなどとは片腹痛いわ」
「アッチョンブリケ?」
「そげなドイツ語もないっ」

「フロイト先生 『青騎士』のバックナンバーをお持ちしました」
「おお アルトゥル君ではないか」
「アルトゥル? ひょっとして しゅ しゅ しゅらしゅしゅしゅ」
「機能的失声症ですか 私はシュニッツラーと申しますが」
「あなたの Traumnovelle はきっと映画化されます アイズワイドシャットとゆう題で」
「そんな小説は書いていません Anatol Liebelei Reigen などが拙作です Anatol 映画化の話は今あります」
「その他も全部映画化されます 特に Reigen 『輪舞』は画期的な手法です ヤスタカツツイとゆうシトも私も参考にしています 発言者の名前をいちいち入れていないのはポストモダンシュニッツラーとゆうことで いま書いているこの夢日記がそうです」
「夢日記とゆうのは面白そうですね こんだ考えてみましょう」
「ほう 君は日記作家かね Existenzialist ではないだろうな」

 

 

●●● 
 

インネレシュタット周りのメビウスリングは更に渦巻き
ラントマンのコーヒーカップはクライン壺と化していた

「フロイト先生 そこで本題なのですが」
「なんぢゃ ゆうてみたまへ 日本人よ」
「ぼくはたいした日記作家でもなく単なる小利口な俗物です かつて拙作『地図と記号』そしてその続編 続々編で 自我を脅かす願望や衝動を意識から締め出して意識下に押し留めること つまり 意識されないままそれらを保持している状態を書こうとしました しかし自分の Oedipuskomplex や maddafakka も自覚がないんです オステリーでもない これはもう性的誘惑とゆうよりただの性的空想 つまり無意識な空想に過ぎないのでしょうか」
「ほう 君は無意識とゆうものについてわしの論文を少しは読んでいるのかね 父性的社会と母権的社会では違うのでな ツッコミをたんびにうけるんだが 特にあの男が『それは外向的な人間に限ったもので内向的な人間においてはそれに限らない』などとゆうてからに せっかく水曜会でたいがいかわいがってやったわしを見事に裏切りおった」
「あの男とはカール・グスタフ・ユングですね たぶんザビーネの一件を根に持っているからではないかと」
「三面記事を良く読んどるな ま それはちょっとわしにも色々あって以下256文字省略だが あいつは医学よりももともと考古学の方が好きでの」
「それて インディアナ・ジョーンズのせいですか」
「そいつのことなら知っているが 歳がちょっと離れ過ぎじゃ まぁよい わしはグノーシスやオカルトは信じないぞ」
「私は神秘主義者でも仏教徒でもありませんが 六星占術は知っていますし 曼陀羅も描きました また二度ほど渡印して『空』について勉強しましたし ショーペンハウアーも読みました 今回の渡欧は『空白』の『白』の部分を確かめにシュテファン寺院を観に来たのです」
「空白か 君のエスに何かあるのか」
「それがわからないのです フォークトカンプフ検査やボネリ弧反応でもね ところで先生はコカインでおこらえましたが」
「あれは眼科のカール・コラー君と局麻に使えるとオモタのぢゃよ わしは学者とゆうより開業医だからな」
「なるほど でもコカ・コラーの名前は後世に残りますよ」
「もともとわしはウィーン大学で物理と生理学が専攻だった あとは耳鼻科のフリース君とか解剖病理のジャン=マルタン・シャルコー教授とか生理学のヨーゼフ・ブロイアー先輩とか あの頃は楽しかったのぉ」
「先生は基本的に自然科学者なところがユングとは違うんです それは唯物論的な科学観ですよね 『夢判断』や『性に関する三つの論文』も最初うけなかったのはともかく アメリカでウィリアム・ジェームズ先生のような立派な方とも知り合えたわけですし」
「しかし1900年あたりからちょっと落ち込んだわ 精神分析学は最近風当たりがきつくての 特に外部からより内部分裂があって結局あの男を失った さらに娘が・・」

 

●●●● 
 

カウンセラーが患者を長椅子に寝かせていたらフロイト派
患者と椅子を向き合わせて腰掛けて話していたらユング派


「今回 私が渡欧するきっかけになったヨシオ・アラマキとゆうシトはユング派ですが ヤスタカ・ツツイは当初フロイト派でした そこでまた先生に話を戻しますが ザビーナの一件はともかく ユングが先生のリビドー論を批判したのが亀裂の直接原因だと聞いています ユングは当初から先生のことを父親視していたはずなので お怒りになった先生にユングは父親コンプレックスを見るんですよ」
「自我の中心を見ないで 自我が欲している補償作用を重視したのぢゃな」
「先生は今ようやく『快感原則の彼岸』で反復強迫に着目されたわけですが エロス≒タナトスとゆう事で良いのですか」
「発表したばかりの論文を君は何故知っているのだ」
「いや 先生の論文はゆわば思弁的で ご高説を仮説として常にアップデートしているからだと存じ上げています」
「例えば 意識とゆうのは小胞のようなシステムであって感覚器官が外界刺激をコントロールしている ところがその障壁が破られると耐えられるエネルギー(リビド)が不足すればトラウマが起こるとか マー仮説とゆえば仮説ではあるが」
「かの大戦の帰還兵をたくさん治療なさった結果の所以です」
「娘のこともあるが リビドからデストルドを考え出したのはそうゆうことだ」
「しかし 生きる情動と死の衝動の対立のほうが適切ではないかと云うことで 快感原則と現実原則を対立させることが間違っていると云うわけではないですよね」
「君はエロスとタナトスを心の奥の無意識によってしか説明できないものと思うかね」
「いわゆる抑圧的無意識でしょうか」
「最近になって誘惑理論や快感原則をさらに見なおしているのだが つまりタブーとゆうことかな」
「自我とエス そして ニルヴァーナ原則ですね」
「君はわしの幻想の未来なのか」
「もう時間がないのであとシトツだけ 先生が70歳を迎えるとき世界中から色んなお祝いが来るでしょう その中で ある著名な物理学者からのお祝いがきっと面白いと思います そしてまた後世に残る交換書簡が先生と交わされることになります その物理学者とはアルベルト・アインシュタイン博士です ご期待ください」
「わしはこの先ナニをすればよいのかね」
「ユダヤに立ち戻って モーセの研究などは如何でしょうか ではどうもありがとうございました」

 

 


ぼくは空白の一部が埋まったような気がしてカフェ・ラントマンを出た しかしそこにばるぼらの姿はなかった

ではカジノ・メビウスへ行くとしよう

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